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古典の本

奇経治療について書いてると、結構な時間がたってしまうので、ここらで簡単な記事を。

鍼灸の古典を勉強してるわけですが、今現在所持している本を書いていきます。

10/05/11追記
代表的な古典の本が集まってきました。
ここではタイトルと出版社までしか書けまず、著者までは載せれませんでした。もし古典の原文がほしいというかたはタイトルと出版社で検索をかければ引っかかると思います。
ちなみに中国の本は簡体字(現代中国語の漢字)がほとんどなので、簡体字の勉強もしなければなりません。

素問
             現代語訳◎黄帝内経素問 (上)         東洋学術出版社
             現代語訳◎黄帝内経素問 (中)         東洋学術出版社
             現代語訳◎黄帝内経素問 (下)         東洋学術出版社
             黄帝内経                        中医古籍出版社

霊枢
             現代語訳◎黄帝内経素問 (上)         東洋学術出版社
             現代語訳◎黄帝内経素問 (下)         東洋学術出版社
             黄帝内経                        中医古籍出版社


難経
              難経集註                       台湾中華書局
              図註難経脈訣                    大孚書局
              ハイブリット難経                  六然社
              難経・新釈                      たにぐち書店

東晋
脈経
              脈経 校釋                      人民衛生出版社

鍼灸甲乙経
              鍼灸甲乙経校注 上冊              人民衛生出版社
              鍼灸甲乙経校注 下冊              人民衛生出版社
              鍼灸甲乙経 校釋 上冊             人民衛生出版社
              鍼灸甲乙経 校釋 下冊             人民衛生出版社


諸病源候論
              諸病源候論 校釋 上               人民衛生出版
              諸病源候論 校釋 下               人民衛生出版

黄帝内経太素
              黄帝内経太素 新校正               學苑出版社


備急千金要方
              備急千金要方                    山西科学技術出版社

千金翼方
              千金翼方                       山西科学技術出版社

脉訣
             図註難経脈訣                    大孚書局


黄帝明堂灸経
             灸宝医典                       たにぐち書店

十四経発揮
             図解●十四経発揮                 医道の日本社

鍼經指南
             鍼經指南集注                    業書局


瀕湖脈学
             図註難経脈訣                    大孚書局
             中医脈学と瀕湖脈学                たにぐち書店

奇經八脉攷
             図註難経脈訣                    大孚書局

鍼灸聚英
             鍼灸聚英                       上海科学技術出版社

鍼灸大成
             鍼灸大成                       大中国図書公司
             完訳 鍼灸大成 上                三和書籍
             完訳 鍼灸大成 下                三和書籍
             鍼灸大成 校釋                   人民衛生出版

日本
鍼道秘訣集
             鍼道秘訣集                     -
             弁釈鍼道秘訣集                  緑書房

鍼道発秘
             鍼道発秘講義                    日本の医学社

和漢三才図会
             和漢三才図会 (1)                 東洋文庫
             和漢三才図会 (3)                 東洋文庫

腹証奇覧
             腹証奇覧                      學苑出版社

霊枢臓腑経絡詳解
             霊枢臓腑経絡詳解                 -

鍼灸関係以外
五行大義
             五行大義 上                    明治書院
             五行大義 下                    明治書院

傷寒論
             傷寒雑病論                     東洋学術出版
             傷寒論解説                     創元社
             傷寒論真髄                     日本の医学社

金匱要略
             傷寒論雑病論                    東洋学術出版


…宝の持ち腐れですねぇ。今のところ素霊と難経集注、鍼灸甲乙経ぐらいしかまともに見てないですし。
特に図註難経脈訣 収録≪瀕湖脈学、奇經八脈考≫は深く勉強した方がよさそうなんですけどね。
難経の解説から脈のことまでいろいろ載っている本なので。

医道の日本社さんから出ている『現代語訳 奇經八脈考』の購入も考えてます。奇経について調べてるんだったら読んどけ、って話ですが。

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古典の読み方。

とある先生に漢文をある程度読めると言ったら、異常だといわれました…。
そんなにおかしなことでしょうか。というかテスト前にそういうこと言うのやめてください

自分としてはお手本となるものを古典に求めていて、それが現在書き下ししている『鍼灸甲乙経』だったりするのです。この本は『素問』と『霊枢』それに現在は失われた『明堂孔穴針灸治要』という経穴の本を再編成しているものなので、内容が整理されていて個人的にすごく使いやすいです。

内容が整理されている点では『黄帝内経太素』も同じですが、こちらは全部の巻が見つかっているわけではないので、『鍼灸甲乙経』に分があります。

『鍼灸甲乙経』は晋の時代に書かれた本なので、当然のことながらそれから後の医家の意見が載っていません。
後の時代は『鍼灸大成』、『鍼灸聚英』で意見を補完していきたいと思っています。とくに奇経治療の組み合わせは『鍼灸聚英』が初出?っぽいので。
*7/6追記 奇経の組み合わせは竇漢卿の『鍼經指南』(金の時代)ということが分かりました!
それに『難経』からの引用がほとんどないので、『難経集注』を読みたいなと。

今の時点では簡単な文なら書き下しができますが、最初やりはじめたときはそれすらできませんでした。僕は『五行大義』という五行について纏めた本の書き下し文で勉強していきました。
分からないなりに漢文に触れているとちょっとずつ分かってきだします。この漢字はこう読むとか、こういう意味だとか、こういう文法なのかとか。
ですが複雑な文はまだ読めませんし、基本的に区切りがあるものを読んでいるので、完全な白文だとどこで区切ればいいのか分からないですし…。
この辺はおいおいわかってくるとは思います。

『鍼灸甲乙経』はまだ巻ノ四の『経脈 第一 上』が終わったところで全然進んでいません
全部で十二巻まであるのに…。ちょっといろいろあって作業が止まっていたからしょうがないんですが。もうすぐ夏休みに入ることですし夏休み中には終わらせたいですね。

そして『難経集注』の方に移りたい。注釈の解釈は難しいでしょうが、こっちの方が何倍も楽しそうです。持ってる本では区切りがないんですが、なんとかやっていきます。

『鍼經指南集注』を手に入れました!

昨日梅田に行って医道の日本社さんの『現代語訳 奇経八脈考』をパラパラめくっていると、奇経の組み合わせは『鍼經指南』という本が最初ということが分かりました!
確かに『鍼灸聚英』では「竇氏八穴」で載っていたので、『鍼灸聚英』が初出ではないことは何となくわかっていましたが、それが分かるとは収穫です!

そしてその本屋は中国の本も扱っているので、ひょっとしたらないかな~と見てみるとなんとあったんですよ!『鍼經指南 集注』という本です。

しかもその本は前からちょっと気になってたんですが、他の本優先として後回しにしていた本。まさかこれだったとは…。安かったのでそのまま買いました。

肝心の奇経治療の該当部分ですが、奇経との関連性は言われてなく「流注八穴」という名称で載っていました。
学校の図書室で借りた『鍼灸聚英』と該当部を比較してみると全く同じ内容(一部の字の違いは当然あります)でしたが、注釈部分で役に立ちそうなことがいろいろとありました。

奇経治療といえば二つの経穴を取ることが普通ですが、徐鳳は『鍼灸大全』で各経穴の適応症状ごとに三穴以上取ることも言っていて、呉崑は『針方六集』で理論的なことを言っているようです。
三穴といえば、入江正氏も三穴使う場合もあると言われていたのでこの辺もおもしろいですね。

これで基本的な鍼灸の古典は集まったと思います。後は『鍼灸聚英』が見つかればとりあえず終了です。なにがしらの注釈書とかが見つかれば、見つけた時に買うような気もしますがね。

『鍼灸聚英』を手に入れました!

こないだの土曜日に『鍼灸聚英』(しんきゅうじゅえい)という本を手に入れました。

この本は明の高武によって書かれた本で、かなり評判の高いものです。

とりあえず、これで中国の古典の本の収集は終了です。
日本の江戸時代の本も良本がたくさんあるみたいなので、こんどは江戸の本を中心に集めていきたいですね。

『傷寒雑病論』を手に入れました

今日までの三日間、とある鍼灸関係のセミナーに参加して、『傷寒論』やっぱちゃんと読んだ方がいいなぁと思いました。ですが手元にあるのは臨床に応用できる部分だけ。脈法が載っている部分はばっさりカットされているので、総て載っている本を探しに梅田まででました。

『傷寒論』は東洋学術社出版から出ているものしかなく、『宋本傷寒論』と『金匱要略解説』、『傷寒雑病論』の3冊。
前二冊は日本語の解説もあるしどうしようか迷ったんですが、両方買うとすごい高くなりますし、『傷寒論』の部分は脈法以外のところは既に本を持っているので、『傷寒雑病論』の方を買いました。

今回のセミナーで脈診に興味でてきたんで、普通の六部定位以外にもいろいろ知りたいですね。特に『霊枢』の人迎-気口脈診は気になるところですし、『傷寒論』には附陽脈の脈診が載っているので、どういう脈法が分かりやすいか比較してみたい気もします。
まぁこういいながらも、六部定位による虚の見方を今回初めて知ったっんで、まずは六部定位の虚のパターンを覚えないといけないですね。

今は主に切診について気になります。舌診・望診の見方も気になるところです。

『脈訣』を訳していこうかと

「中医脈学と瀕湖脈学」(たにぐち書店)の本の中で陳四徳氏が『脈訣』が脈学の普及に貢献したと書かれていたので、そんな人気になった本なら『脈訣』読んでみたいなぁと思っていたら、自分の持っている本の中に『脈訣』が…。
「図註 難經脈訣」さすがです。

ただ、この『脈訣』は図がふんだんに使われているので、文章だけでは分かりにくいかもしれないですが、まぁなんとかやっていきます。

意味の分からない単語とかはそのままにしときます。訳すといっても書き下し文なんで。

ついでに『傷寒雑病論』の脈法も訳せれば訳していこうと思います。

それにしても『脈経』を読みたくなってきました。

鍼道秘訣集 序

日本の古典を、というリクエストがあったので、鍼道秘訣集を紹介して行きたいと思います。
原文からカタカナ表記をひらがな、歴史的仮名遣いを現代の仮名遣いになおし、適当なところで句読点を打っていきます。

まずは序から。


當流(とうりゅう)撃鍼(うちはり)の元(はじめ)は、夢分翁、初め禅僧たりし時、悲母(ひぼ)極めて病者なりしかば、夢分之を歎き、母孝行の為、時の名人たりし醫師に逢いて捻鍼(ひねりはり)を習い得て、朝夕母を療治し、病を痊(いや)さんとすれども、重病にや験(しるし)も無し。

茲(ここ)に於(お)いて夢分翁、工夫を費やし、案を廻(めぐら)して、此の撃針を以て立るに、手に應じて験(しるし)を取のみかば、他人の病を痊事(いやすこと)十に九を全(まっとう)す。

之に因って、人の病苦を救うは薬師如来の慈悲の道理と念(おも)い、遠近、貴賤、貧福を撰ず、救うを以て専としたまふ。

故に其の名程無(ほどなく)四方に秀(ひい)づ。是れを意齋法橋(いさいほっきょう)聞き傳(つた)え、奇異の念(おも)いをなし、千里の道を遠とせずして、夢分の宅(いえ)に尋ね行き、師弟の約を堅とうし、歳を積み、重て奥義を授かり、終(つい)に其の名を高うす。

之に依って弟子數多(あまた)有りといへども、奥田意伯其の傳を得、月を重て洛陽に住して名を都鄙(とひ)に廣(ひろ)む。
相繼(あいつき)て、宗子九郎左衛門の尉尊直(たかなお)、父に越て針術に妙を現す事勝(あけ)て計え難し。其の嫡意伯同く相繼(あいつき)て、洛陽にして億萬人の病を救う。是即ち夢分翁より傳へ来る處の鍼法此の如し。

然るに、當流は十二經、十五絡脉、任督兩脉を考え針せず、根本の五臟六腑に心眼を付枝葉に構えず、針は心なりと和訓して、心を以て心に傳え、教外(きょうげ)、別傳(げべつ)、不立(ふりつ)、文字と號(ごう)するが故に、他流の如き遠理の廻遠(まわりとお)なる療治本更に之無し。

心の裏(うち)に奥義を納め、唯一心の持様を大事とするなり。此専一の處を護(まも)る事成難きがゆえに、管針(くだはり)、指針(しんし)など、名を替え、品を變て人の心を蕩(とらか)す。

譬(たとえ)ば、手書人尊圓流の御家の筆法成り難きゆえに、色色と書き替え、紛(まぎら)かすが如し。是の故に、多く過(あやま)ち有りて、十に九非業の死をする人數多(あまた)なり。誠に悲む可し、憐(あわれむ)べしと念(おもい)を心に止み難きに因って、萬人の死をも救い、千万の鍼醫の危(あやう)き事を成ず、上手號を取らしめんが為、秘中の秘事を書きあらわして、世寶(せほう)とするものなり。少も疑いを生ずること勿れ。


序文ということで、撃鍼がどういうものかという説明になっていますね。
序文の言いたいことを纏めてみます。
撃鍼(うちはり)というのは、今の打鍼のことです。

夢分翁が自分の母親を治すためにこの撃鍼を考案し、夢分翁が遠近、貴賤、貧福関係なしに人を治療していったので、日本中に名声が伝わるようになった。その名を聞いた御園意斎が夢分に弟子入りし、彼自身や他の人も名を馳せるようになった。
この鍼は五藏六府にしか注目せず、心持ちを大切にして治療することが何より大切である。しかし、うまく実践することが難しく、適当に治を施した医がいたために、ついには死人を出してしまった。そこで撃鍼の奥義をこの書に書き記したので、ここに書かれていることを少しも疑わずに実践を積めば、人を治すようになるであろう。

というのがここでの要約です。
夢分流というのは心持を大切にします。それは後の章(心持の大事、三つの清浄[すまし])でくわしく書かれています。それは治療家にとって本当に大切なことだと思います。金儲け主義に走らないことを戒めてもいます。

鍼道秘訣集 ①當流他流之異

さて、『鍼道秘訣集』の第一章 當流他流之異(かわり)です。

他流の針を誹謗(そしる)にはあらず。我も元(もと)他針を習う事、九流なり。他流にては病者に煩(わづら)いの様子を聞き、療治をなせども、多くは病人に草臥(くたぶれ)来たり易し。

當流の宗とする處(ところは)は、病人に病証を問う迄(まで)も無く、腹を観、兎角(とかく)の病證を此方より委(くわし)く斷(ことわ)るしかのみならず、百日針すれども、漸漸(ぜんぜん)に験(しるし)はあれども、他流の如く草臥(くたびれ)の来る事無し。

是、當流の名譽なり。世俗の諺に品玉も種無れば成難しと云うが如く、藏府の居處に依って、病證變(かわ)る。厥(その)異(かわ)る處を以て、病証をも知り、還(また)、生死の善悪を明かにす。

當流の一一(いちいち)妙を現す格を左に顯(わらわ)す。心眼を付け、観るべきこと専(もっぱら)なり。

これを纏めると、

他流の鍼を中傷するわけではない。御園意斎も他流の鍼もならっていたが、他流は患者さんに問診して治療するが、多くはその間に疲れささせやすい。
当流の宗とするのは、患者さんに問診をせずに、腹診のみをし、そこから診断・治療していく。百日鍼をして効果はあっても、他流のように疲れさすことはない。
これほ当流の名誉なことだ。臓腑の変動によって病証を知り、病証を知ることによって、生死の判断を明らかにすることができる。
当流で効果のあることをこれから表していく。心眼をつけて理解していきなさい。

ということでしょう。
問診をすることで患者さんを疲れさせるのは本末転倒なことで、それだけで効果が落ちるということでしょうか。患者さんのお腹を診るだけでその人の状態ができる為、問診はいらず、疲れにくい。患者さんに優しい鍼術ということなんでしょうね。

鍼道秘訣集 ②當流臓腑の辨 その1

『鍼道秘訣集』の第2章 當流臓腑の辨(べん)です。
少々長いので、二分割します。

 鳩尾、俗に水落と云う。是を心臓と號(ごう)す。少陰、君火とて、毎年三、四月の暖かなる火、是なり。
此心に邪氣ある時は眩暈し、舌の煩い頭痛し、夜寢(ねむ)る事を得ず。又は眠る中に驚き、又は胸悸(むなさわ)ぎし、心痛み等の病を生ず。
 鳩尾の両傍らを脾の募と號し、脾の臓の病を是知る。
この號に邪氣有る日(とき)は、手足唇の煩い、両の肩痛み等あり。
 肺先(はいさき)は脾の募の両傍らなり。茲(ここ)に邪氣住(じゅう)するときは、息短く、喘息、痰出で、肩臂(ひ)きの煩い出る。
 肝臓と號(ごう)するは両章門、並びに章門の上下なり。
邪気出でる日(とき)は必ず眼目(まなこ)の痛み、疝気、淋病、胸脇攣(ひきつ)り痛み、息合い、短く、究めて短氣にして酸物(すきもの)を好む。又は足の筋攣ること、扨(あるい)は諸の病に寒氣を出すは、皆以て肝の業(しわざ)なり。肝瘧(かんしゃく)など云も此處(ところ)に邪氣あり。針して邪を退る時は痊(いゆ)る。

ここでいったん切ります。
この章では腹診をするさいの臓腑の対応するところと、臓腑が邪に侵されたときの症状が示されています。夢分流腹診の図があれば、それを見ながら読んでもらえれば、もっと分かりやすいと思います。

書いてあることそのままの為、まとめは書きません。

個人的な感想を言えば肝が悪くなるといろんな症状がでるみたいですね。
夢分流腹診の図をみれば、肝は肝相火となっていて、相火の扱いになっていることからも重要な位置づけなのかもしれません。

鍼道秘訣集②當流臓腑の辨 その2

鍼道秘訣集 第2章 當流臓腑の辨の後半です。

胃の腑は鳩尾の下と臍(へそ)の上との間に住する。維(これ)、人間の大事とする處一身の目付處とす。萬物、土自(よ)り生じて還た終わり土に入る。

他流には、胃の腑、虚し易き甘き味わいの物、脾胃の藥とて甘き物を用い、補藥密丸等を用いる事、心得難し。
其の故は、日夜朝暮食らう處の物は、皆胃に入るがゆえに餘の臓腑と違い、實し易きに依り、還って邪気となるゆえに、食後に草臥(くたび)れ、眠りを生じ、扨は胃火、熾(さかん)なるが故に食物を焼き、胃乾くにより、食を沢山に好み食う。
その終わりに手足へ腫れを出し、土、困(くる)しめば、腎水を乾かし、脾土へ吸い取られぬるに依って、腎の水も共に乾き、火となり、邪と変じて小便止まる。

加様の病い、元胃(もとい)の腑の實し、邪となる事を辨(わきま)えず、腎虚、脾虚なれば、補藥等の甘味を用い宜し、などと云うて用いるときは、忽(たちま)ち心腹になづみ、返って重病となる。是、唯燃える火に薪を深(そ)えるが如し。

又、甘き物、腎水をも益(ま)すなどと云う人有り。維(これ)、以て謬(あやま)りなり。甘は脾土の味い、土尅水の理なるにより、腎水の為には大敵なり。何ぞ藥と成べき。
加様の違いにて生くべき病人も死に趣くを非業の死と號す。

富流の養生針などには、兼ねて脾胃、實(じっ)しやすく、邪気と成りやすく龍雷相火(りゅうらいしょうか)の肝、實し易れば、病と變ずる事を悟りて、肝胃の亢(たがわら)ざる様にと針す。

夫針は金なり。金は水の母にて、金裏に水を含み、陰中の陰なる金水を以て、邪熱を鎮(しづめ)退く。
胃實は邪熱の根と云う。脾胃の實火に甘物を用れば、彌(いよいよ)以て、病重る事明なれば、補藥を用て験(しるし)無し。

胃火、熾(さかん)にし、煩う病人は必ず甘味を好む。是、其の病の好む處なれば、用て惡く用ずして吉、右は大法奥にて漸漸に斷(ことわる)べし。

[夢分流臟腑の圖]

大小腸圖の如し。病証、後後(のちのち)にあらわす故に畧(りゃく)す。臟腑の煩いは十四経(じゅうしけい)、針灸聚英(しんきゅうじゅえい)等にあり。又、藏腑に屬する處の物は難經にある故に記ず、見合すべきなり。



これで當流臓腑の辨は終わりです。
この記述から分かる通り、胃について詳細に書かれていますね。胃に邪が入った時どうすればいいかまでも書いてあります。それほど胃が大切であることが分かります。
病人は甘い物をほしがるけど、ほどほどにしないとまた身体を悪くするということでしょうね。

[夢分流臟腑の圖]は夢分流の腹診の図のことです。あの図がここに記載されています。

小腸・大腸に関しては省略されています。

また、臓腑の病に関しては『十四経発揮』、『鍼灸聚英』、『難経』を参考にしろと言ってます。
やはり、ある程度の古典の素養は大事ということでしょうね。

鍼道秘訣集③ 心持之大事

鍼道秘訣集の3章 心持之大事です。

他流には何れの病には何れの處に何分鍼立てるなどと云う事計(ことばかり)に心を盡(つ)くし、一大事の處に眼(まなこ)を付けず。
當流の宗とする處は、針を立る内の心持を専とす語に、
事わざに無心にて心に無事なれば、自然に虚にして霊空にして妙。挽(ひか)ぬ弓、放(はなて)ぬ矢にて射る日(とき)は中(あた)らず、しかもはづさざりけり。
是、當流心持の大事なり。此の語歌を以て工夫し、針すべきなり。


これを纏めてみると、
他流にはこの病にはここに何部鍼を立てるなどと考えるばかりで、大事なことに目をむけていない。
夢分流の宗とするところは、
無心に治療していると、考えずども自然に虚したところを治療している。しかも確実に虚した所をはずさない。
これが夢分流の心持の大事である。この言葉を以てそれぞれが工夫して鍼をするべきだ。

ということでしょう。
一番大事なことがちゃんとまとめれているか不安ですが…。


無心で治療していると、患者さんの悪いところが自然と見えてきて、自然に適切な治療をしているということでしょう。

確かに腹診をしようとお腹を見ただけで、あきらかにここらへんが虚してるからそこを補うように治療していけばいいかなと思ったことがあります。
そこには理論もへったくれもなく、ただ直感のみです。おそらくそういうことが言いたいんだと思います。

余計なことを考えずに患者さんと向き合えば、おのずとどこが悪いか見えてくる。そこからどう治療していくかは個人にゆだねられていて、それも思った通りにやっていけば必ず治るということでしょう。
心の赴くまま治療ができるようになりたいですね。

鍼道秘訣集④三清浄 その1

鍼道秘訣集 第4章 三(みっつ)の清浄(すまし)です。
この章はかなり長いので、3分割もしくはそれ以上になるかもです。

此、三の清浄心の法の沙汰なり。
維(これ)心の字の形なり。
3つの清浄

三つの輪は、
清(きよ)く、浄(きよ)きぞ唐衣 くると念(おも)うな、取と念(おも)わじ。
三つの輪と云うは、貪欲(どんよく、いかる)、瞋恚(しんい、いかる)、愚癡(ぐち、おろか)の三毒の心の清き月を暗す悪雲なり。

歌に
貪欲心(むさぼりおもうこころ)
貪欲の 深(ふか)き流れに沈りて 浮瀬も無 身ぞいかがせん
瞋恚心(いかるこころ)
燃(もえ)出る 瞋恚(しんい)の炎に 身を焼て 己と乗(のれる)火の車哉(かな)
愚癡心(おろかなるこころ)
愚癡(ぐち)無智(むち)の 理非(りひ)をも分(わけ)す 僻(ひがみ)つつ 僻(ひが)むは一(おなし) 僻むなりけり

第一の貪欲心、變じて一切の禍いとなる。此欲を離れざるがゆえに、針も下手の名を取事あきらかなり。
譬(たとえ)ば、病人に逢て腹を診(うかが)い、我心に乗り、加様にせば愈ゆべきと念(おも)う病者も有り、又療治の行(て)だて心中に移り浮ぶ事なく、腹の體、吾が心に乗(のら)ぬ病人數多あり。
加様の心に移らず、腹の様子合點行(ゆ)かざるは、百日、千日針するとも吾が心に合點(がてん)のゆかぬは愈えざる物なれば、餘人へ御頼みあれとて療治せざる物なり。
しかるに、我心に合點(がてん)行ざれども、病人福祐なるか貴人等なれば合點(がてん)は行かねども、先(ま)づ一廻(まわ)りも針せば、譬(たと)えば病人死したりとも、針の禮は受くべきなど念(おも)い、取り掛かり、療治すれども、元来合點(がてん)の行かぬ病なれば痊(いえ)ず。
しかれば此の針立下手にて、針の験なしとて、針立を替者なり。
又、重病にて我心に乗らねども、欲心に被(さ)れ引か取り掛り針する内に、病ひ彌(いよいよ)重り、終(つい)に死すれば、下手の名を取る事は我欲心熾(さか)んなるがゆへなり。

ここでいったん切ります。

ここまでを纏めると、

この図は心を表している。

三つの輪というのは、貪欲(どんよく、むさぼる)、瞋恚(しんい、いかる)、愚癡(ぐち、おろか)のことで、この3つの毒が清らかな心を隠してしまうダメな心である。

歌に、
貪欲心には、
貪欲の 深き流れに沈りて 浮瀬も無 身ぞいかがせん

瞋恚心
燃出る 瞋恚の炎に 身を焼て 己と乗火の車哉

愚癡心
愚癡無智の 理非をも分す 僻つつ 僻むは一 僻むなりけり

とそれぞれある。
最初の貪欲心は、そのうち大きな災いとなってしまう。貪欲心を捨てきれないから、鍼が下手であるという汚名を返上できない。
例えば、患者さんのお腹を診てると、自分の心が乗ってたら、このようにすれば治療できるんではないかと思う患者さんもいる。また、治療の仕方が浮かんでこず、腹の体が自分の心に乗ってこない患者さんもいる。
このように治療の仕方が心に移らず、お腹の様子に納得できなければ、百日、千日鍼をしても、自分の心に納得がいっていないので、癒えなず、他の人に頼むしかない。
つまり、自分の心に納得してなくても、患者さんが裕福な人や貴人だと、とりあえず鍼をすればなんとかなるだろうと思って治療すると、もともと納得していなかったので癒えない。
そうなれば、鍼立てが悪いからといって、鍼立てを替えるようなものだ。
また、重病にて自分の心に乗らないけれど、欲心にかられて鍼をするうちに、病気はどんどんひどくなり、ついに死人をだしてしまえば、下手な鍼という汚名を返上しようとする欲にかられてしまう。そうするとますます泥沼にはまって、汚名は返上できない。

ここでは3つの清浄について詳しく書かれています。
心のありようで、患者さんを治せるか治せないかが決まってしまうということです。

まず、貪欲な心は人を死なせてしまう危険があるから無欲でいなさい、ということが書かれています。
また、納得がいかずに治療しても、効果がないとも言っています。
つまり、自分の心をすまして無欲になり、自分の信じる治療をしていけば、必ず治るということだと思います。

鍼道秘訣集④三清浄 その2

鍼道秘訣集 第四章 三の清浄(すまし)の続きです。

人間と生れ、欲の無きと云う者あらざれども、重欲心を嫌うなり。
此の欲の雲中に強き時は、心鏡の明らかなるを蓋(おお)い、暗まずが故に病い心の鏡に移り觀ゆる事少も無きにより、生死病証の善悪も辨(わき)まへ難し。
欲の炎熾(さか)んならざる時は、吾が心清くて曇無き秋の月明なる鏡の如くなるに依って、病の吉凶生死の去来(きょらい、さりきたる)、善く浮みしるる也。
是三つの清浄の第一なり。

次に瞋恚(いかる)氣心にある時は、前の如く亦心鏡を暗まず。
是、瞋恚(いかる)氣の出ると云うは、愚かなる意より出るは元来、我を立てるが故なり。

木火土金水の五行と陰陽の二つを借り出で生ず。皆以って借物なり。
身の中の五藏六腑、五行に配す五つの物を借り得たるが故に死期に望みて一つ一つ元の方へ返す。
然れば、我とすべき物なし。又、頼みをなし千萬年とも念(おも)うべからず。

歌に、
地水火風 集り生(なせ)る 空(あだ)な身に 我と頼まん 物あらばこそ

暫時(しばらく)生のある間にて焼ば、灰埋(うず)めば土と成からは我と立べき物なし。
大水の 先に流るると橡(とちか)らも 身を捨てこそ 浮瀬もあれ

然れば、我を捨て無我の心になる時は、瞋(いだ)る氣も人を恨むる意もなし。
我を立てるがゆへに恨瞋(うらみいか)る心も又、欲の意も出る。

是、元(もと)を知らざるは愚癡(ぐち)の暗に迷うがゆへに色の道に耽(ふ)けむ物毎に愛著、執心深くして、背く物を恨み瞋(いか)り、貴人・高位・福人に諂(へつ)らい、金銀米銭を得んと欲もい、賤(いや)しき者貧者をば目にも掛けざる様にするは、襊(えり)に付く虱(しらみ)根性とて、大愚癡より生ずる是の心、少しもありては中(なか)なか病を痊(いや)す事憶(おも)い寄(よ)らず。

貴き人にも諂(へつ)らわず、賤しき者をも撰ばず、福人・貧者のい隔り無く、唯、病苦を救わんと念(おも)い、慈悲強く正直にして、邪見・欲心を離れたる處、即心即佛なれば、天道佛神の護(まも)りありて、其の業に自然と妙を現わす歌に、
慈悲佛(ほとけ) 正直は神 邪見者(ひと) 心一つを 三つに云べき

是の歌を以って、能(よ)く心得貪(むさぼ)る心なく、無我の心にならんと念(おも)い、十が十ながら無我無欲にならずとも、半分にても心清(すま)して病を痊(いや)さん事は疑い無し。

ここで切ります。
纏めると、

この世に人間として生まれたならば、欲の無い人間などはいないが、たくさんの欲を嫌う。
欲が強いときは心が曇ってしまって、心の鏡に病状が写らないので、病気の良い悪いを判断することができない。
欲を出さずに治療すると、自分の心が清んでくる。それはまるで雲の無い秋の月のような状態であって、病の状態をよく写してくれる。
これが三つの清浄のひとつ目である。

次に怒っているときは、まえのように心の鏡が暗くならない。
怒る気の出るというのは、愚かである意より出るはもともと我を立てるからである。

木火土金水の五行と陰陽によってできていて、皆これによって借物である。
身体の五藏六府は五行に配当される5つの物からできているので、死ぬ時はひとつひとつ戻っていく。そうすると自分というものは無いことになる。

歌に、
地水火風 集り生(なせ)る 空(あだ)な身に 我と頼まん 物あらばこそ
とある。

しばらく生きている間に焼けば、埋めても土と成るので自分ではない。

大水の 先に流るると橡(とちか)らも 身を捨てこそ 浮瀬もあれ
とある。
そうすると、自分を捨てて無我の心になった時に、怒る心も人を怨む心もなくなる。
自分を優先する為に恨み怒りの心がでて、欲も出てくる。

もともとを知らないのは、愚痴の暗闇に迷っていているからで、色の道にふけることに愛着し、執着してしまうからで、背いた人を恨み怒ったり、貴人・高位・福人にへつらってお金をたくさんもらおうと思って、貧しい人に目もかけないようでは襟についているしらみのような根性である。
大愚癡より生ずるこの心が少しでもあったらば、なかなか病を治す事が思いよらない。

お金持ちの人の人にへつらわず、貧しい人を選ばず、裕福な人・貧しい人の隔りが無く、ただただ病苦を取り除こうと思って、慈悲深く、正直になることで邪見・欲心を離れたならば、即心即佛であり、天道佛神の護りによって、其の治療に自然と妙を現わす
歌に、
慈悲佛(ほとけ) 正直は神 邪見者(ひと) 心一つを 三つに云べき
とある。
是の歌を以って、得貪な心なく、無我の心になろうと実践すれば、十が十ながら無我無欲にならずとも、半分でも心清(すま)して病を治そうとしているのは疑いの無いことである。

こんな感じでしょうか。
非常に大事なことが書かれていますね。
大事なことですが、文章にするのは難しいです。

無欲になることは難しいけれど、それを実践しようとしていれば、おのずと効果が出てくるんでしょうね。

鍼道秘訣集④ 三清浄その3

鍼道秘訣集第4章 三清浄の続きです。

是、貪欲(どんよく)・瞋恚(しんい)・愚癡(ぐち)の三つの念(おも)いあらざる日(とき)は、心清し。
此故に、心を清浄に持つを三つの清浄(すまし)と云う。是の心持ち、諸藝(しょけい)に用いる事なり。
殊に神へ参詣するにも身を清むるは次にて、心の清浄を専(せん)とす。心清ければ、神(たましろ)清きがゆへに、向いの神も又清く納受あるなり。

往古(いにしえ)栂尾(とかのお)の明慧(みょうえ)上人と笠置(かさき)の解脱上人と此兩(ふたり)の名僧をば、春日大明神雙(そう)の御眼雙の御手の如く思召けるに、明慧参詣の日は、御簾上り、直(じき)に明慧と春日御物語成され、解脱参詣し玉うには、御簾を隔だて御物語成さる。
或日、解脱上人参籠(さんろう)有りて、春日へ御申し有りけるは、
神と申し奉るも佛の垂跡(すいじゃく)なり。佛は降る雨の草木・國土を漏さず、濕(うる)おすが如く、平等にして隔て更に無し。然るに、明慧と我と別の違い有るべからざるに、明慧参詣には直に御對面(たいめん)あり、我詣ぬるには、御簾(れん)を隔て御物語し玉う事、心得え難しと問い玉う。
明神仰けるは、我に何の隔て事の有るべき。其の方、左様に念う心、御簾の隔てとなるなりと御返答御坐けると、是解脱房の心に慢心の我あるゆへなり。

又、古(いにしえ)美濃の國、加納の城に於伊茶(おいちゃ)と申す女の母、重病を受け苦む。
於伊茶(おいちゃ)、餘(えり)の悲しさに、關と云う處に、龍泰寺の全石と申す僧を請じ、祈祷の為に陀羅尼(だらに)を讀(よ)みてもらひける。
全石一心不亂に陀羅尼を讀むこと暫く有りて、母頭をあげ、やれやれ嬉しや、頃(このごろ)心の内に苦みありて悲しかりけるに、御經の力に依り、苦み無しと、悦ぶ事涯(かぎ)り無し。
厥時(そのとき)、全石憶う様、最早布施をもらい歸(か)えるべきか、今少し逗留(とうりゅう)すべきかと思う心出来(いでき)ける時に、母やれやれ悲しや還心苦しく成て候と悲しむ。
全石、是を聞き、扨(さて)は我に欲心出る故と念(おも)いとり、前(さき)の如く、一心不亂に陀羅尼(だらに)を讀みければ、母も病漸漸(ぜんぜん)に軽く成り、終に痊えけるとなり。

此も皆我心の清浄と不清浄との謂(いわ)れにて、加様の善悪あり。
又、病者に向うて憶病(おくびょう)出る人有り。是は我藝(わざ)の至ざる者(ひと)は、心に動轉(どうてん)出で易し。去れば、不動明王の背(せなか)なる伽婁羅炎(かるらえん)は心火をあらわす。
其の火の内に、不動御座(おわします)は、人人の心の動ぜざる體なり。諸藝(けい)共に不動の體とならざれば、其の事(わざ)成り難し。
歌に、
鳴子をば 己が羽風に 任つつ 心と騒 村雀哉

此の段能能心掛け、工夫を成すべし。是、心持第一の事なり。

以上で終わりです。

ご覧の用にかなり長いです。他の章はこんなに長くありません。つまり、この章が『鍼道秘訣集』で最も言いたいことになります。
自分の心に曇りがあると、隔たりがあるように見えたり、治療しても効果がでない、といったことが霊をあげて書かれています。
これは本当に大切なことですね。
この章を何回も読みなおして治療に当たりたいものですね。

黄帝明堂灸経

明日朝早くから出掛けるので、『鍼道秘訣集』はお休みです。

今日は明日まで開かれている日本伝統鍼灸学会の学術大会に行ってました。
熱気があってすごいですね。

10月8日に京都で開かれた学術大会もかなりの人数が多くきてるなぁ~と思っていたんですが、それ以上でしたね。そりゃあ臨床家の人まできてたら当然か。

今日の話を書けばすごく長いことになると思うので今は書きませんが、(明日以降も書くかどうかも未定ですが)、企業ブースでのことをちょっと書いときます。

前の学術大会のときも、企業ブース内で珍しい本がないか観てたのですが、(そのときの戦利品もあります)今回、中国の出版社で繁体字ででてる『黄帝内経太素』を見つけてしまい、買いたい衝動にかられましたが我慢しました。
一応、ネット注文できますし、それ以外にもちょっと理由があって買いませんでした。
でも内容だけはちゃんと確認しましたよ。中国の出版社の漢字は簡体字が多いなか、繁体字で書かれていたので、繁体字♪、繁体字♪と心の中で喜んでましたよ。

うん、自分でも変だと思います。

他に気になったのが、『黄帝明堂灸経』や『内経気象学』等です。

『黄帝明堂灸経』は僕の学校の図書室にもあり、読んでいて是非にもほしいと思っていた本なのですが、どうやら絶版になっているらしく新刊ではあきらめていました。

実は京都の学術大会のときにもらった書籍のカタログの中に、同じようなタイトルで売り出してたのを見て、もしこれが復刊ものだったら買いたいな~、と思っていたんですよ。

今日、思いかけずその本を見つけたので、パラパラめくってみると、どうやら復刊してたみたいです。
タイトルも変わり、『灸医法典-黄帝明堂灸経の活用-』となっていました。ついつい買ってしまいましたよ。

図書館で借りた時、『黄帝内経明堂』と勘違いしてたのはいい思い出です。

この本はお灸の古典で、お灸に関する記述がたくさんあります。
訳者は深谷灸でおなじみの深谷伊三郎先生。

各経穴ごとに位置や主治が書かれていますが、何分刺すといった鍼の記述は全くなく、何壮すえなさいというお灸の記述しかありません。

各経穴ごとに深谷伊三郎先生が解説しているので、かなり勉強になると思います。
個人的にこの本と代田 文誌先生の鍼灸治療基礎学で書かれている内容にどう違いがあるか気になります。これらの本を読むことで、経穴のことが勉強できるんじゃないかなぁと思っています。

まぁ、これらだとお灸ばっかりになってしまうので、鍼とは効き方が少し違うと思いますが、とっかかりにはなるでしょう。

ところで気になったんですが、頭にお灸すると髪の毛ってどうなるんでしょうねぇ。やった周りが焦げ付いちゃうんでしょうか?百会の項目を見ていて気になっていしまいました。
プロフィール

kouitsu

Author:kouitsu
新米鍼灸師です。
元々違う分野を勉強していましたが、ある時身体の調子をくずしてしまい、その過程で東洋医学に興味を持ちました。

はじめてこのブログへこられた方はこちらをお読みください。

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