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三部九候脈診とは

現代で一般的に用いられている脈診は「六部定位脈診」ですが、それだけではなく、いろいろな脈診があります。
例えば、『素問』の脈法は「三部九候脈診」、『霊枢』の脈診は「人迎・気口脈診」、『難経』の脈診は「寸口部脈診」、「菽法脉診」等、他にもいろいろな脈診があります。

今回、『鍼灸甲乙経』を写していて、ちょうど「三部九候脈診」の所になりました。実はどんな脈診かかなり楽しみにしていました。そしていろいろ解説をみていると、「三部九候脈診」に使われる部分が人によって違うんじゃないかと思ったので、ここで整理してみたいと思いました。

まず、「三部九候脈診」とは、頭、胸、足と身体を3分割し、それぞれの場所において3つの動脈を診ることでどこが悪いかを判断する脈診です。

『素問』 三部九候論篇 第二十
『鍼灸甲乙経』 巻ノ四 三部九候 第三
によると、 
上部の天は両額の動脈なり。上部の地は両頬の動脈なり。上部の人は耳前の動脈なり。
中部の天は手太陰なり。中部の地は手陽明なり。中部の人は手少陰なり。
下部の天は足厥陰なり。下部の地は足少陰なり。下部の人は足太陰なり。

上部の天を以て頭角の氣を候い、地を以て口歯の氣を候い、人を以て耳目の気を候う。
中部の天を以て肺を候い、地を以て胸中の氣を候い、人を以て心を候う。
下部の天を以て肝を候い、地を以て腎を候い、人を以て脾胃の氣を候う。

とあります。
上部、中部、下部が身体を三等分にしたときの名称、
天、地、人がそれぞれの場所で三等分したときの名称を表しています。

さて、ここで問題となるのがそれぞれの動脈がどの部分を指しているかです。

石田秀美先生の『黄帝内経素問』の解説を見ると、
上部の天は太陽穴。上部の地は居りょう穴。上部の人は耳門穴。
中部の天は経渠穴。中部の地は合谷穴。中部の人は神門穴。
下部の天は太衝穴。下部の地は太谿穴。下部の人は衝陽穴。
となっていました。

中国の張燦甲先生は、『鍼灸甲乙経』の注釈で、『太素』、『素問・王冰本』、『類経』の註によって、以下のように定めています。
上部の天は頷厭穴。上部の地は地倉穴、大迎穴。上部の人は和りょう穴。
中部の天は寸口部。中部の地は労宮穴。中部の人神門穴。
下部の天は五里穴、女は太衝穴。下部の地は太谿穴。下部の人は期門穴。

また、菊池亨先生は、著書「あきらめないで、鍼ならここまで治る」の中で、
上部の天は太陽穴。上部の地は居りょう穴。上部の人は耳門穴。
中部の天は寸口部。中部の地は合谷穴。中部の人神門穴。
下部の天は五里穴。下部の地は太谿穴。下部の人は期門穴。
としています。

みごとにバラバラですね。
一応、中部の天、地、人は一致しているようですが、張燦甲先生は中部と下部は手足の陰経で統一されているも関わらず、手の陽明経とするのはおかしいのではないか。それならば手の厥陰経の労宮が来るべきだとして、中部の地を労宮穴としているようです。

動脈といえば、『難経』の一難で動脈について書かれていて、『難経集注』では呂広と楊玄操による注釈があります。
それぞれの要点を抜き出すと

呂曰く、足太陽は委中が動く
     足少陽は耳前が動く。  楊曰く、下關穴なり。又、懸鍾が動く。
     足陽明は趺上が動く。       衝陽穴なり。又、人迎・大迎が動く。
     手太陽は目外眥が動く。      瞳子りょう穴なり。
     手少陽は客主人が動く。      又、聴會が動く。
     手陽明は口邊が動く。       地倉穴なり。
          又、陽谿が動く。
     足厥上゚は人迎が動く。       按ずるに、人迎は乃ち足陽明脉にて、足厥上゚に非ざるなり。
     按ずるに、厥上゚は回骨において脉動す。

     足少上゚は內踝下が動く。      太谿穴なり。
     足太上゚は髀上が動く。       箕門穴なり。
     手少上゚は掖下が動く。       極泉穴なり。又、靈道、少海が動く。
     手心主は勞宮が動く。
     手太上陰は太淵が脉動す。     又、尺澤・侠白・天府が動くなり

おそらくここにヒントがあるかなぁという感じです。

ここのみを参照にすると、
上部の天は-。上部の地は-。上部の人は下關穴もしくは懸鍾穴。
中部の天は太淵穴。中部の地は陽谿穴もしくは労宮穴。中部の人は霊道穴もしくは少海穴。
下部の天は-。下部の地は太谿穴。下部の人は期門穴。
-はここでは同定できない経穴です。

頭がこんがらがってきそうですが、張燦甲先生が言われているところと一致しているかその周辺部であるかですね。これ以上は考えれません。「三部九候脈診」に詳しい人に聞いてみたいものです。
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気口九道脈診 その1

今回は今まで書く書く言いながら、書いてこなかった気口九道脈診について書いていこうと思います。

気口九道脈診(きこうきゅうどうみゃくしん)とは脈診の一種です。日本の鍼灸で一般的な脈診は六部定位脈診(ろくぶじょういみゃくしん)ですが、気口九道脈診も使われている先生もいらっしゃいます。

さて、気口九道脈診の根拠はなにかというと『奇経八脈考(きけいはちみゃくこう)』に由来しています。ですが、その原型はそれよりはるか昔の『脈経(みゃくきょう)』にあります。
それを明の李時珍(りじちん)が吟味、改正を加えたものと推察されます。

どういうことかというと、前回『脈経』について書いた時に実際に該当部分を見てみたのですが、微妙に違う所がありました。違う所は李時珍の増補と思われます。その為、気口九道脈診といっても『脈経』由来のものと『奇経八脈考』由来のものでは配穴に微妙な違いが生じているんではないかと思われます。

今回は『脈経』との比較ということではなく、『奇経八脈考』の記述に従ってい解説していこうと思います。
久々に漢文を載せながらの解説です。


【原文】
気口九道脈診
手検圖に曰く、肺は五藏の華蓋と為し、上は以て天に應じ、萬物を解理し、精氣を行らすことを主り、五行に法り、四時に應じ、五味を知るなり。
氣口の中に陰陽は交會し、中に五部有り。前後左右各おの主る所有りて、上下中央に分かちて九道と為す。
之を診れば則ち病邪の所在を知るなり、と。
 李瀕湖が曰く、氣口の一脈は分かちて九道と為す。
 十二經並びに奇經八脈を総統す。出診法と名づく。
 乃ち、岐伯が黄帝をして訣を秘受せしめるなり。
 扁鵲之を推し、獨り寸口を取るを以て死生を決す。
 蓋し氣口は百脈の流注、朝會の始と為すゆえんなり。
 三部は傳わると雖も、九道は淪隠(りんいん)す。
 故に奇経の脈は世に知る人無し。
 今撰じて圖と為し、並びに其の説後に附すを以て千古の秘藏を洩らして云うなり、と。


【意訳】
気口九道脈診
≪脈経≫の手検図には、
肺は五蔵の蓋であって、上部は天に対応して人体活動を調整し、精気を全身に行きわたらすことを主な働きとし、五行に従い、四時に対応して、五味を感じるのである。
気口部において陰陽は交流しており、それは五つに分けられる。
つまり前後左右中央である。中央の上下を合わせて九道となる。
こららを診れば病邪の場所を知る事ができる。
と書かれてある。
 李時珍が解説すると、
 気口部の脈は九道に分けることができ、正経十二経脈と奇経八脈を統括している。これを出診法と名付けている。
 つまり、岐伯が黄帝に要訣をひそかに授けた法なのである。
 扁鵲はこの方法を推し進めて寸口を取るだけで死ぬか生きるかを判断していた。
 思うに、気口部は全ての脈が流れており、朝起きてから全身に脈を送り出す最初の部分と考えることができる。
 寸関尺の三部は伝わっていても九道は埋もれてしまい、奇経の脈を知る人は世の中にはいなくなってしまった。
 今、これを選んで図に表し、その後に説明をすることによって古の秘法を公開するものである。


【解説】
まずは肺について述べられていますね。脈診は肺の流注上にある橈骨茎状突起で診る為に肺について述べられていると思われます。
そして、気口部つまり寸口・関上・尺中の三部において陰陽が交流しているとあります。これは脈診の大前提ですね。こうでないと気口部で脈を診れないですから。

気口部は5部有るといいます。それは前後左右中央です。
条文において5つと有るのに、4つしかないのはおそらく中央が抜け落ちているからだと思われます。
これらはどこを指すのかといえば、前・中央・後は寸口・関上・尺中を意味し、左右というのは、真中からみてやや外側とやや内側を指すのでしょう。
ここにおいて、寸口・関上・尺中の三部位を左右中央の三部位で診るので3×3=9となり、気口九道の”九道”と名付けられているゆえんとなります。
そして、中央は上下つまり浮沈でも判断をするので、9+3=12で正経十二脈を診ることができます。
後にやりますが、厳密には三焦の記述はないので正経は十一脈しか判断できません。
そしてこの分け方をすると奇経をも診ることができます。具体的な診方はそれぞれの条文のときに譲ります。

この診方をすると正経と奇経の両方を診れるわけですから、病邪の場所を特定することが容易となります。

一段下げている部分は李時珍の注釈です。
原文では李 瀕湖(り ひんこ)となっていますが、時珍が本名で瀕湖が号(別名)みたいです。つまり同一人物です。

ここの部分を要約すると、
この脈法は岐伯から黄帝に受け継がれたもので、『難経』を書いたとされる扁鵲がこれを推扁鵲はこの脈法を推し進めて『難経』一難に書かれている「獨り寸口を以て死生吉凶の法を候う」法をあみだした。
この方法は三部が広く浸透した為にすぐに埋もれてしまい、細々と伝えられて奇経の脈を診れる人はほとんどいなくなってしまった。
というところでしょう。
実際に奇経の脈を診られる鍼灸師はかなり少ないと思われます。その為、これを世に出して広く浸透させたいというのが、李時珍の思いだったみたいです。


長くなったので今回はここまでにします。それとなしに書き下し文、意訳、解釈と3部構成にしてみましたが、意訳と解釈どこかに間違いが有りそうな感じが…。書き下し文もこれであっているのかどうか謎。
間違いがないかよくみてくださいね。

気口九道脈診 その2

では続きです。
ここからは具体的な脈の診方と症状について書かれていますが、症状については省略していきます。


【原文】
岐伯曰く、
前部の外の如き者は足太陽膀胱なり。
中部の外の如き者は足陽明胃なり。
後部の外の如き者は足少陽膽なり。

前部の内の如き者は足厥陰肝なり。
中部の内の如き者は足太陰脾なり。
部の内の如き者は足少陰腎なり。

前部の中央の直なる者は手少陰心、手太陽小腸なり。
中部の中央の直なる者は手厥陰心主なり。
後部の中央の直なる者は手太陰肺、手陽明大腸なり。

【校正】
①膽
 原文では欠く。前後の条文に合わせて挿入。

②後
 原文では”前”。「診左手九道圖」から”後”の誤りとす。


【意訳】
岐伯がおっしゃるには、
寸口脈が外に出ているのは足の太陽膀胱経に異常がある。
関上脈が外に出ているのは足の陽明胃経に異常がある。
尺中脈が外に出ているのは足の少陽胆経に異常がある。

尺中脈が内に出ているのは足の厥陰肝経に異常がある。
関上脈が内に出ているのは足の太陰脾経に異常がある。
寸口脈が内に出ているのは足の少陰腎経に異常がある。

寸口脈が中央に出ているのは手の少陰心経、手の太陽小腸経に異常がある。
関上脈が中央に出ているのは手の厥陰心包経に異常がある。
尺中脈が中央に出ているのは手の太陰肺経、手の陽明大腸経に異常がある。


【解説】
まずは正経についてです。
たいしたことはしていませんが、【校正】とかいれるとなんとなく研究者という感じがしますね。本項とは関係ないですけど。

さて、まずは寸関尺の三部においての外側です。
寸口の外が膀胱経、関上の外が胃経、尺中の外が胆経です。
これらはみて分かる通り、足の三陽経になっています。

覚え方としては、尺中から木・土・水と五行に分解するのが良いでしょう。何故なら相剋関係となっているからです。
木(胆経)克土(胃経)、土(胃経)克水(膀胱経)となりますから。

次に寸関尺の三部における内側についてです。
寸口の内が肝経、関上の内が脾経、尺中の内が腎経です。
これらもみて分かる通り、足の三陰経となっています。

覚え方としては、寸口から木・土・水と五行に分解するのが良いでしょう。これらも相剋関係となっているからです。
木(肝経)克土(脾経)、土(脾経)克水(腎経)となります。

次は寸関尺における真中についてです。
真中は上下すなわち浮沈で判断します。
寸口の中が心経(浮)と小腸経(沈)、関上の中が心包経(浮)、尺中の中が肺経(沈)、大腸経(浮)です。
これらは手の三陰経と手の三陽経となっていますが、三焦経がないのと尺中において肺経と大腸経の浮沈が逆になっていることに注意してください。どうしてこれらがこうなっているのかは分かりませんが、「診左手九道圖」を見てもそうなっているので、そうとしかいえないです。心包経はむしろ中脈と取っても良いかもしれません。
「診左手九道圖」は奇経が終わってから図示します。


こんなところでしょうかね。特に真中の脈については最近分かりだしたところなので、きちんと租借できていません。何となくでしか理解できていないのでかなり危険です。変なこと書いてなければ良いんですがねぇ…。

気口九道脈診 その3

さて、続きです。

【原文】
前部の寸口に横たわること丸丸とする者は任脈なり。
○脈経に云う、寸口脈の緊、細、實、長にして關に至る者は任脈なり、と。
三部が俱に浮にして直上直下なる者は督脈なり。
三部が俱に牢にして直上直下なる者は衝脈なり。
○脈経に云う、脈の來ること中央にして堅、實にして徑(ただ)ちに關に至る者は衝脈なり、と。

前部の左右弾ける者は陽蹻なり。
中部の左右弾ける者は帯脈なり。
後部の左右弾ける者は陰蹻なり。

少陰より斜めに太陽に至る者は陽維なり。
少陽より斜めに厥陰に至る者は陰維なり。

【校正】
①關に至る
原文では「下りて關に至る[下至關]」。≪脈経≫平奇経八脈病では”下”の字無し。よって削除す。

②陽蹻
原文では”帯脈”に作る。「診左手九道圖」から”陽蹻”の誤りと為す。

③少陽
原文では”少陰”に作る。「診左手九道圖」から”少陽”の誤りと為す。


【意訳】
寸口部において、寸口の脈が横たわって丸丸としているのは任脈に異常がある。
○≪脈経≫平奇経八脈病には、寸口の脈が緊、細、實、長であって関上に至るのは任脈に異常がある、としている。
寸関尺の三部全てが浮脈で尚且つ上下に脈動しているのは督脈に異常がある。
寸関尺の三部全てが牢脈で尚且つ上下に脈動しているのは衝脈に異常がある。
○≪脈経≫平奇経八脈病には、脈が中央で堅、實であり、すぐに関上に行くのは衝脈に異常がある、としている。

寸口の左右が弾けたような脈は陽蹻脈に異常がある。
関上の左右が弾けたような脈は帯脈に異常がある。
尺中の左右が弾けたような脈は陰蹻脈に異常がある。

脈が足の少陰腎経(尺中の内)から足の太陽膀胱経(寸口の外)まで斜めに走っているのは陽維脈に異常がある。
脈が足の少陽胆経(尺中の外)から足の厥陰肝経(寸口の内)まで斜めに走っているのは陽維脈に異常がある。

20011/7/28訂正
【解説】
ここでは奇経八脈に病があった場合の脈状について書かれています。

まずは任脈です。
丸丸と言う脈を考えると、これは滑脈を指していると思われます。
つまり、寸口部に滑脈が横たわっているのが任脈ということになります。

次の督脈と衝脈については寸関尺の全てに浮脈ないし牢脈がでていて上下に脈動する=緊脈があるときと解すことができるでしょう。

陽蹻脈、帯脈、陰蹻脈は内と外の脈が弾けるように打っている脈です。
つまり寸口なら肝と膀胱が、関上なら脾と胃が、尺中なら腎と胆が交互に現れる脈ということでしょう。

陽維脈と陰維脈に関しては、脈の走行が斜めになっているということです。
つまり陽維脈は腎・心主・膀胱が、陰維脈は胆・心主・肝が同時に現れている脈ということになります。

こんなところでしょうか。奇経の脈診を追っていくとおもしろいです。
といっても、まだ陽維脈や陰維脈と帯脈ぐらいしかみたことはありませんが・・・。


脈が出てたから次は治療穴といきたいところですが、残念ながら『奇經八脉攷』にはそこまで載っていません。
奇経の治療は『鍼經指南』に載っている「流注八穴」(現在の八総穴や八脈交会穴にあたる経穴)を基本に治療していけば良いと思われます。

つまり、
督脈 後渓-申脈
任脈 列欠-照海
帯脈 臨泣-外関
衝脈 公孫-内関
陽蹻脈 申脈-後渓
陰蹻脈 照海-列欠
陽維脈 外関-臨泣
陰維脈 内関-公孫

となります。
これ以外にも流注上の経穴や、発する所や郄穴を治療穴にしても良いと思います。
そのあたりは各奇経のところでまとめているので参考にしてください。
僕は帯脈の治療には足臨泣よりも帯脈穴を使う場合が多いです。

さて、最後にこの脈診を図式化している「診左手九道圖」を載せておきます。
診左手九道圖

気口九道脈診 その4

結局のところ気口九道脈診がどういうものなのか書いてなかったので、ここで説明します。

脈診は中指を橈骨茎状突起のところにあて、示指と薬指をその左右にあてることでみます。この当てた状態だけで診るのが六部定位脈診です。
ですが脈というのは単純なものではなく、この当て方ではあまり拍動を感じない部分も少なからずあります。その場合、どこにあるのか探しまわりますよね。

気口九道脈診では初めから脈の走行によってどこの経脈に異常があるのかを知ろうとしています。脈というのは尺中から寸口まで棒のように真っすぐにはなっていないからです。だから六部定位脈診等でどこに脈があるのか分からないときがあるんですね。もちろん反関の脈みたいな例外は除きますよ。

六部上位脈診だと左手と右手で配当が違っています。一応一般的な六部定位脈診の配当も載せておきます。
左手
右手
寸口
浮:小腸
沈:心
浮:大腸
沈:肺
関上
浮:胆
沈:肝
浮:胃
沈:脾
尺中
浮:膀胱
沈:腎
浮:三焦
沈:心包

ですが、気口九道脈診の場合は左右どちらも診ることができ、左右で脈の走行が違う場合もあります。
そのときは左は左で、右は右の経脈を取って治療をするということをします。
みなさんも脈の走行の違いというものを感じとってください。

六部定位脈診 その1

前回は氣口九道脈診についてかきましたが、今回は日本で広く行われている六部定位脈診についての古典的根拠を書いていきます。
六部定位脈診の起源は『難経』とも『脈経』とも言われています。今回は、『難経』と『脈経』の該当部分についてみていきたいと思います。

まずは『難経』です。
『難経』の十八難には、
曰く、
脈に三部有りて部に四經有り。
手に太陰、陽明有り。足に太陽、少陰有り。上下の部を為すは何を謂うや。

然り、
手の太陰、陽明は金なり。
足の少陰、太陽は水なり。
金は水を生じ、水は下行に流れて上ること能わず。
故に下部に在るなり。

足の厥陰、少陽は木なり。
手太陽、少陰の火を生じ、火炎は上行して下ること能わず。
故に上部と爲す。

手心主、少陽の火は足太陰、陽明の土を生じ、土中宮を主る。
故に中部に在るなり。

此れ皆、五行の子母にて更めて相生し、養う者なり。

脈に三部九候有り。
各おの何を之、主どる所や。

然、
三部なる者は寸關尺なり。
九候なる者は浮中沈なり。
上部は天を法り、胸以上頭に至るまでの疾有るを主る。
中部は人を法り、膈以下齊に至るまでの疾有るを主る。
下部は地を法り、齊以下足に至るまでの疾有るを主る。
審びらかに之を刺す者なり。

(以下略)

【意訳】
脈に三部があって、部に四経が有るという。
手に太陰肺経と陽明大腸経が有る。
足に太陽膀胱経と少陰腎経が有る。
上下の部であるというのは、何を言っているのか。

然、
手の太陰肺経と手の陽明胃経は五行では金行です。
足の少陰腎経と足の太陽膀胱経は五行では水行です。
金行は水行を生じます。水は下に流れて上に流れることはありません。
だから下部にあるのです。

足の厥陰肝経と足の少陽胆経は木行です。
これらは手の太陽小腸経と手の少陰心経の火行を生じさせます。
火の炎というのは上に昇って、下に昇るということはありません。
だから上部にあるのです。

手の厥陰心包経と手の少陽三焦経の相火です。
これらは足の太陰脾経と足の陽明胃経の土行を生じさせます。
土行は中宮を主ります。
だから中部にあるのです。

これらは皆、五行の母子関係にあります。
母子関係は五行相生で、養う関係にあります。

脈に三部九候というものがあるという。
それぞれ何に対応しているのだろうか。

然、
三部というのは寸関尺です。
九候というのは浮中沈です。
上部は三才の天に対応していて、胸から頭までの間の疾病に対応しています。
中部は三才の人に対応していて、隔から臍までの間の疾病に対応しています。
下部は三才の地に対応していて、臍から足までの間の疾病に対応しています。
よくよく調べて、どの部分に病があるかが分かってから、該当部分を治療しなければなりません。

【解説】
一見、六部定位脈診と関係なさそうにも思えますが、条文を良く読んでみるとそうでもなさそうな感じです。

まず最初に肺経と大腸経、腎経と膀胱経の関係について書かれています。
五行の相生関係にある経をセットにして書かれているのもポイントなのかもしれません。

「水は下に流れて上に流れることはありません」とのことから、水は下部に対応しているととれます。
後の条文に「三部というのは寸関尺です。」と言っていることから、下部とは尺中のことを指すのでしょう。
実際に腎と膀胱は六部定位の左尺中に配当されています。ですがここでは左右の違いについてまでは書かれていません。

肺と大腸の金行は、腎と膀胱の水行より上になければなりません。
なぜなら相生関係によって金行は水行の母となるからです。
そこで上部、中部のどちらに配当されるかですが、水は高い所から低いところに流れる性質があるので、一番高い所、すなわち上部ということになります。
実際に肺と大腸は六部定位の右寸口に配当されています。ですがやはり左右の違いについてまでは書かれていません。

次に肝と胆、心と小腸について書かれています。
心と小腸は五行では火行です。
「火の炎というのは上に昇って、下に昇るということはありません。」とのことから、火は一番高い所に居なければなりません。
よって心と小腸は一番高い所である上部に配当されることになります。

肝と胆の木行は心と小腸の火行の母です。
炎の燃える場所は上部よりも下の部分にこなければなりません。
そこで関上と尺中のどちらかとなりますが、既に尺中は水行で塞がっているので尺中には配当されないとできます。
よって、肝と胆は関上に配当されることになります。

次に三焦と心包、脾と胃について書かれています。
脾と胃は五行では土行です。土行は五行の中心を統べるものなので、真ん中に来ようとします。
よって、寸関尺では真ん中の関上に配当されることになります。

三焦と心包の相火は脾と胃の土行の母です。
炎の燃える場所は上部よりも下の部分にこなければなりません。
脾と胃の土行は関上に配当されているので、それより下になければなりません。
よって、三焦と心包は尺中に配当されることになります。


六部定位脈診に対応させようとすると、こういう説明になると思います。
ただ、左右の違いについては書かれていないので、そこが気になるところですが…。

「脈に三部九候というものがあるという。それぞれ何に対応しているのだろうか。」
以下についてはおまけです。
六部定位脈診自体の診方ではないですが、寸関尺を身体の上焦、中焦、下焦に分けるやり方はわりとやられているみたいなので、この方法も覚えていたら何かの役にたつかもしれません。


『難経』十八難に関してはこんなところでしょうか。
次回は『脈経』の記述に関してみていきたいと思います。

六部定位脈診 その2

今回は『脈經』における六部定位脈診の記述をみていこうと思います。

巻之一「两手六脉所主五臓六腑陰陽逆順 第七」には、

≪脉法讃≫に云う、肝心は左に出づ。脾肺は右に出づ。腎と命門とは俱に尺部に出でる。
魂、魄、穀、神、皆寸口に見る。
左は司官を主り、右は司府を主る。
左大は男に順じ、右大は女に順ず。
關前一分は人命の主にて、左を人迎と為し、右を氣口と為す。
神門は訣斷にて两ながら關後に在る。
人は二脉無ければ病死にして癒せず。
諸經の損減は各々其の部に隨う。
陰陽を察按して誰とにか先後せん。
(≪千金≫に云う、三陰三陽誰をか先んじ、誰をか後にせんと。)
陰病は官を治し、陽病は府を治す。
奇邪の舎する所、如何に補取せん。

審にして知者は鍼入れて病癒えん。

【意訳】
≪脉法讃≫には、
肝と心は左手に出て、肺と脾は右手に出て、腎と命門はどちらも尺中に出ます。
肝と肺と脾と心の脈は全ては寸口に現れます。
左は司官であり、右は司府です。
左は男であり、右は女です。
関前一分は人命と関係していて、左手の関前一分を人迎、右手の関前一分を気口といいます。
神門は訣斷と関係していて、左右の手の関後一分にあります。
人はこの二脈が無いと病気で死んでしまいます。
それぞれの経脈の異常はそれぞれの部位に現れてきます。
陰陽の経脈を切経して、どれを先にしてどれを後に治療すれば良いのでしょうか。
(≪備急千金翼方≫の巻二十八 五蔵脉所属 第四には、
三陰と三陽のどれを先に治療して、どれを後に治療すれば良いのでしょうか、と書かれています。)
陰の病は官によって治り、陽病は府によって治ります。
病邪のあるところは、どのように邪を追いだしたらよいのでしょうか。

よくよく調べて病邪のある場所を知っている人は、適切な場所に鍼を入れて病を治します。

【解説】
この一連の条文は≪脉法讃(みゃくほうさん)≫という、今は失われた書からの抜粋となっているようです。
途中までは『備急千金要方(びきゅうせんきんようほう)』巻之二十八 平脈 五蔵脈所属 第四にも記されています。だから注釈として「≪千金方≫曰く」とあるのです。

「肝と心は左手に出て、肺と脾は右手に出て、腎と命門はどちらも尺中に出ます。」と書かれていることから、既に現代の六部定位と同じようなことが為されていたというのが分かります。
次の条文、「魂、魄、穀、神、皆寸口に見る。」というのは、魂は肝、魄は肺、穀は脾胃、神は心に対応するので、これらが寸口部に現れるというわけです。

次の「司官」、「司府」は、人民衛生出版社の「脈経」によると、
”司官” 我克之藏、我為之主、為官。(我が克すの藏、我の主と為すを官と為す)
”司府” 克我之藏、我被所主、為府。(我を克すの藏、我が被の主る所を府と為す。)
と説明されています。
すなわち左手から右手への相剋関係を示していると思われます。
つまり、
左手寸口は心火、右手寸口は肺金、すなわち火克金。
左手関上は肝木、右手関上は脾土、すなわち木克土。
左手尺中は腎水、右手尺中は腎相火、すなわち水克火。
となるからです。

次は左は陽であり男で、右は陰で女になるので、
左の脈が右の脈より大きくなりやすいのが男性で、右の脈が左の脈より大きくなりやすいのが女性である。
ということがいいたいのだと思います。

次は関前一分と関後一分のことが書かれています。
『難経集註』の二難、楊註にも関前一分と関後一分のことが触れられています。

関前一分と関後一分は
左手の関前一分(関上と寸口の間で関上よりの脈)を”人迎”
左手の関後一分(関上と尺中の間で関上よりの脈)を”神門”

右手の関前一分(関上と寸口の間で関上よりの脈)を”気口”
右手の関後一分(関上と尺中の間で関上よりの脈)を”神門”
となります。

そして人迎、気口、神門の脈が無ければ病で死んでしまうので病気が治らないとしています。

どの経脈が弱っているかを知るには、対応する部位を診ればよいとしてます。

対応する部位は先に触れらていますが、具体的なことが次の条文からも載っています。
けれど、長くなったので今回はこれまで。つぎにまわしたいと思います。

六部定位脈診 その3

さて、『脈経』巻之一「两手六脉所主五臓六腑陰陽逆順 第七」からの続きです。

前回は理論的部分でしたが、今回は具体的な診方がかかれています。
ですが、解釈が難しいところがあるので、脈法に関係のある条文のみを載せておきます。

【原文】
心の部の左手の關前寸口に在るが是なり。即ち手の少陰経なり。
手の太陽と表裏を為し、小腸を以て合して府と為し、上焦に合す。

肝の部は左手の關上に在るが是なり。足の厥陰の經なり。
足の少陽と表裏を為し、膽を以て合して府と為し、中焦に合す。

腎の部は左手の關後尺中に在るが是なり。足の少陰の經なり。
足の太陽と表裏を為し、膀胱を以て合して府と為し、下焦に合す。

肺部は右手の關前寸口に在るが是なり。手の太陰の經なり。
手の陽明と表裏を為し、大腸を以て合して府と為し、上焦に合す。

脾の部は右手の關上に在るが是なり。足の太陰の經なり。
足の陽明と表裏を為し、胃を以て合して府と為し、中焦脾胃の間に合す。

腎の部は右手の關後尺中に在るが是なり。足の少陰の經なり。
足の太陽と表裏を為し、膀胱を以て合して府と為し、下焦に合す。

左は腎に屬し、右は子戸と為す。名付けて三焦と曰う。

【意訳】
心に病邪があるときは、左手の寸口部に反応が現れます。経脈では手の少陰心経に相当します。
手の太陽小腸経と表裏関係にあり、小腸は心の府となります。寸口は上焦に対応します。

肝に病邪があるときは、左手の関上部に反応が現れます。経脈では足の厥陰肝経に相当します。
足の少陽胆経と表裏関係にあり、胆は肝の府となります。関上は中焦に対応します。

腎に病邪があるときは、左手の尺中部に反応が現れます。経脈では足の少陰腎経に相当します。
足の太陽膀胱経た表裏関係にあり、膀胱は腎の府となります。尺中は下焦に対応します。

肺に病邪があるときは、右の寸口部に反応が現れます。経脈では手の太陰肺経に相当します。
手の陽明大腸経と表裏関係にあり、大腸は肺の府となります。寸口は上焦に対応します。

脾に病邪があるときは、右手の関上部に反応が現れます。経脈では足の太陰脾経に相当します。
足の陽明胃経と表裏関係にあり、胃は脾の府となります。関上は中焦の脾胃の間に対応します。

腎に病邪があるときは、左手の尺中部に反応が現れます。経脈では足の少陰腎経に相当します。
足の太陽膀胱経た表裏関係にあり、膀胱は腎の府となります。尺中は下焦に対応します。

腎は二つに分かれ、左は腎であり、右は子戸となっています。
右の腎は三焦とも呼ばれています。

【解説】
まずは心から書かれていますね。
気口部での部位は「左手の關前寸口」、つまり左手の寸口部です。”關前寸口”としたのは、おそらく関より前というのを強調したかったのでしょう。
現代の六部定位も心は左手の寸口部です。よって、ここで両解釈が一致したということです。
手の少陰心経は手の太陽膀胱経と表裏関係にあります。
心は五行では火であり藏であり、小腸は五行では火であり府であるので、「小腸は心の府」となります。
寸口部は上焦にも対応しています。

次は肝です。
気口部での部位は左の関上です。これも現代との解釈が一致しました。
足の厥陰肝経は足の少陽胆経と表裏関係にあります。
肝は五行では木であり、胆も五行では木であるので、「胆は肝の府」となります。
関上部は中焦にも対応しています。

次は腎です。
気口部での部位は左の尺中です。
足の少陰腎経は足の太陽膀胱経と表裏関係にあります。
腎は五行では水であり、膀胱も五行では水であるので、「膀胱は腎の府」となります。
尺中部は下焦にも対応しています。

次は肺です。
気口部での部位は右の寸口です。
手の太陰肺経は手の陽明大腸経と表裏関係にあります。
肺は五行では金であり、膀胱も五行では金であるので、「大腸は肺の府」となります。
寸口部は上焦にも対応しています。

次は脾です。
気口部での部位は右の関上です。
足の太陰脾経は足の陽明胃経と表裏関係にあります。
脾は五行では土であり、胃も五行では土であるので、「胃は脾の府」となります。
「脾胃の間」というのは所謂中脈のことだと思われます。
関上部は中焦にも対応しています。

次は腎です。
二つ目の腎ですが、条文読んでいくと左関上の腎と右関上の腎は違うことが分かります。
「左は腎であり、右は子戸となっています。右の腎は三焦とも呼ばれています。」となっています。
これは左腎と右腎の違い。つまり腎水と腎相火の違いですね。

「两手六脉所主五臓六腑陰陽逆順 第七」の冒頭には、
「肝と心は左手に出て、肺と脾は右手に出て、腎と命門はどちらも尺中に出ます。」
とありました。
つまりここでは、右腎=三焦=命門とみているわけです。

現代の日本の教科書では右尺中は心包と三焦を診る所となっていますが、『脈経』ではことさら腎を強調しているので、三焦というよりも腎相火を診ているということになります。
現代日本の流派によっても、両尺中を腎に配当したり、右尺中を命門に配当しているところもあります。

そのあたりも腎をどのようにみているかで変わってくるのでしょうね。

六部定位脈診 その4

さて、『難経』および『脈経』における六部定位脈診をみてきました。
僕の感触としては、『難経』十八難では六部定位脈診の原型がみられ、『脈経』で一応の完成がみられたとします。

何故かというと、『難経』十八難では気口部の配当は現代と同じでも手の左右の違いについては触れらていないことがひっかかるからです。『脈経』では気口部の配当は現代とほぼ同じで、左右の違いにも言及されています。
ただ、『脈経』での右尺中はいろいろと解釈の仕様ができ、ある意味ぼかされているともとることができます。
だから完成しているとは言い難いですが、ほぼ完成したとはいえると思います。

ですが、『難経』での記述が五行を意識してることは間違いないので、手の左右は書かれていないものの何か裏の意味によって手の左右の違いが書かれているのかもしれないです。肺金と腎水の部分から書かれているのも気になるところですし。
そこで裏の意味がないかを『難経集註』で探してみると、楊註には、
手太陰肺脈や、諸臓の上蓋と為し、其の治は右に在り。故に右手上部に在り。
足少陰腎脈や、腎は水と為し、肺の子なり。水流は腎に趣く。又、下に最居すなり。故に左手下部と為す。
足厥陰肝経や、肝の治は左に在り。故に左手下部に在り。
手太陽小腸脈は心の府なり。故に心に随いて上部に居すなり。
手心主の心包絡脈なり。手少陽三焦脈なり。故に合す
左手中部を為すは足太陰脾脈なり。足陽明胃脈なり。故に合す。

とありました。
「肺の其の治は右に在り。」とは、おそらく『難経』十六難の腹診において肺が臍の右に配当され、「肝の治は左に在り。」も同じく肝が臍の左に配当されるということから書かれているのだと思います。
このように考えると、手の左右が書かれていなくても文から読み解くことは可能だと思われます。

『難経』の作者がこのようなことを意識してあえて左右を書かなかった可能性もあります。
『難経』の文体の特徴として簡素なところがあるからです。
その為、記述だけみると『脈経』由来のように思えますが、裏の意味まで考えると『難経』の方にも分がありそうです。
みなさんはどのように考えますか?

脈の五行の象(かたどり)

『図注難経脈訣』という本には、脈と五行の関係について説明されています。

今回はそのあたりについてまとめてもようと思います。

『図注難経脈訣』七表八裏脈総論

七表なる者は、浮芤滑実弦緊洪なり。
八裏なる者は、微沈緩濇遅伏濡弱なり。
(略)
表脈は七有り、裏脈は八有り、共に十五脈なり。合して五行の分は各々三脈を得、三五の十五脈なり。
浮濇弱は金に属し、
弦緊伏は木に属し、
滑沈濡は水に属し、
芤実洪は火に属し、
微緩遅は土に属す。

とあります。つまり、これらの脈が出ていたら、その対応する五行に異常が出ている場合があるので、その五行に対応する穴(五行穴など)や経脈に対してアプローチするのも手です。

五行の相生順に並べ替えてみます。

主脈
客脈(太過)
客脈(不及)
(緊)
(伏)
(実)
(芤)
(遅)
(微)
(浮)
(弱)
(滑)
(濡)

この表での主脈は『脈訣刊誤』に載っていたもので、この脈でないものは総て客脈であるとしています。
太過と不及に関しては僕がまとめたものですが、主脈を中心とするとなんとなく太過と不及を分けれるような感じがしたのでこうしてみました。参考程度に、ということで()にしています。
主脈がさりげなく季節の脈の配当になっているのもポイントですね。
九道脈に関しても記述がありますが、九宮(八卦+真中)での記述と蔵府との配当であり、少々ややこしいので省略します。僕自身もこの配当に関してはよくわからないところもありますので。興味のある人は調べてみてください。

菽法脈診

今回は、脈診の中の菽法(しゅくほう)脈診をご紹介します。

元々は『難経』の五難からでた脈診です。
その内容は『難経本義諺解』の五難にゆずるとして、ここではその概要だけ示そうと思います。

まず、菽法の「菽」とは、豆の重さのことです。
豆の重さ何個分で按(お)した場合、そこに対応する五藏の脈がなければ、その藏に異常があるということです。
その重さとは、

肺:三菽
心:六菽
脾:九菽
肝:十二菽
腎:十五菽

となっています。三の倍数になっていますね。個人的にはこの”三”の倍数で示されているのは、二難にもつながるからだと考えています。

さて、豆といっても小豆もあれば大豆もあります。いったいどの豆の重さで見れば良いのかと思われる人もいるかもしれませんが、資料によって様々なのであまりそこにはこだわる必要性はありません。

要は、五藏と深さの対応を見ている、ということです。文字に起こした場合、深さを具体的に示していた方が分かりやすいからこのようにしているのでしょう。
実際は、皮毛の部分(肺)と骨まで沈めて少し浮かす(腎)を基準として五等分すれば良いということです。
図にするとこんな感じです。
菽法脈診その1

六部定位と結び付けたければ、もっと簡略にした三等分でも良いと思います。
三等分の場合、浮中沈でみているのと同じになりますしね。

三等分を五等分にも変換できます。
浮脈と沈脈をそれぞれ二等分すればほぼ一致します。
図にするとこんな感じですね。
菽法脈診その2

恐らく季節の正脈も、この範囲におさまってくると思います。

この菽法が分かるようになれば、単に浮いている、沈んでいるだけでなく、もっと幅広くみることができます。
例えば、肺は三菽で浮いてしかるべきなのに沈みがちである、とか、腎は沈んでいなくてはいけないのに浮きぎみであるとか。その場合、脈状から考えると両方とも虚である、ということになります。
菽法をどのように使うかは人によります。
寸関尺それぞれで菽法を使うのも良いですし、六部定位の配当によって菽法を使うのも良いです。
他の難と組み合わせることによって、五藏六府のどこに邪があるのかを判断することもできます。

いろいろと応用が効く脈法だと思うので、興味をもたれた方は各自工夫されると良いと思います。
プロフィール

kouitsu

Author:kouitsu
新米鍼灸師です。
元々違う分野を勉強していましたが、ある時身体の調子をくずしてしまい、その過程で東洋医学に興味を持ちました。

はじめてこのブログへこられた方はこちらをお読みください。

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