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『千金方』における陰経の「過る所」の記述

ちょっと気になったことがあるので、書きとめておきます。
以前、論子午流注法その1で『千金方(せんきんほう)』に陰経の原穴について紹介しましたが、このことが気になったので、実際に『千金方』を見てみました。

『千金方』というのは唐の孫 思邈(そん しばく)の著作で、『備急千金要方(びきゅうせんきんようほう)』と『千金翼方(せんきんよくほう)』の総称らしいです。僕は今まで『千金方』は『備急千金要方』の略称かと思っていました。

さて原穴に関する該当の記事は、
『孫眞人備急千金要方』 巻之八十八
鍼灸方 五臓六腑變化傍通訣第四 五臓の脉で
湧泉
中衝
(此れ心包經
心經は少衝を出でる)
大敦
少商
隠白
然谷
勞宮
(心經は少府を流れる)
行間
魚際
大都
大谿
大陵
(心經は神門を流れる)
大衝
大泉
太白
水泉
内關
(心經は通里を過ぎる)
中封
列缺
公孫
伏留
間使
(心經は靈道を行ぎる)
中都
經渠
商丘
隂谷
曲澤
(心經は少海を入る)
曲泉
尺澤
隂陵泉


となっていました。

この表は水行・火行・木行・金行・土行の順番に並んでいます。おそらく数字の五行を意識してのことでしょう。

表中の大泉とは太淵、伏留は復溜の別名です。
中衝の(此れ心包經 心經は少衝を出でる)は原書では隠白の註なのですが、隠白は脾経で心包経とは関係無いので中衝に移動させました。

出は井穴、流は栄穴、注は兪穴、過は原穴、行は経穴、入は合穴を表しています。

通常、陰経における兪穴は原穴と一緒であるはずなのにここでは原穴と兪穴が別のものとなっていますが、その説明となるような文章は載っていませんでした。

ここでの原穴とは、
腎経……水泉(郄穴)
心包経…内關(絡穴)
心経……通里(絡穴)
肝経……中封(経金穴) 中都(郄穴)
肺経……列缺(絡穴)
脾経……公孫(絡穴)

となっていますが、肝経の中封は経金穴。おそらく過と行を間違えて書いているものと思われます。

またこの表の大元であろう記述では、

『孫眞人備急千金要方』 巻之八十八
鍼灸方 三隂三陽流注法 第二上 手三隂三關穴流注の法
鍼灸方 三隂三陽流注法 第二下 足三隂三關穴流注の法

にありました。

凡そ孔穴は、
出る所を井と為す。
流るる所を榮と為す。
注ぐ所を輸と為す。
過ぎる所を源と為す。
行る所を經と為す。
入る所を合と為す。

灸刺の大法は
春に滎を取る。
夏に輸を取る。
季夏に經を取る。
秋に合を取る。
冬に井を取る。


少商に出(い)でて井と為す。
手の太隂の脉なり。
魚際に流れて滎と為す。
大泉に注ぎて輸と為す。
列缺に過(よ)ぎりて源と為す。
經渠に行(め)ぐりて經と為す。
尺澤に入(い)りて合と為す。


中衝に出でて井と為す。
心包絡の脉なり。
勞宮に流れて滎と為す。
大陵に注ぎて輸と為す。
內關に過ぎりて源と為す。
間使に行ぐりて經と為す。
曲澤に入りて合と為す。


少衝に出でて井と為す。
手の少隂の脉なり。
少府に流れて滎と為す。
神門に注ぎて輸と為す。
通里に過ぎりて源と為す。
靈道に行ぐりて經と為す。
少海に入りて合と為す。


隱白に出でて井と為す。
足の太陰の脉なり。
大都に流れて滎と為す。
太白に注ぎて輸と為す。
公孫に過ぎりて源と為す。
商丘に行ぐりて經と為す。
陰陵泉に入りて合と為す。


大敦に出でて井と為す。
足の厥隂の脉なり。
行間に流れて滎と為す。
太衝に注ぎて輸と為す。
中封に過ぎりて源と為す。
中都に行ぐりて經と為す。
曲泉に入りて合と為す。


涌泉に出でて井と為す。
足の少隂の脉なり。
然谷に流れて滎と為す。
太溪に注ぎて輸と為す。
水泉に過ぎりて源と為す。
伏留に行ぐりて經と為す。
隂谷に入りて合と為す。

とあります。
他には説明がありません。

『千金翼方』でも似たような記載はありましたが、結局陰経の源穴については説明がありませんでした。

ここで気になったのは『千金方』において原穴は「源穴」としていて「源」を使っている点ですね。
「源穴」の使い方は聞いたことが無いのでここらへんに鍵がありそうです。

また『外台秘要(げだいひよう)』の第三十九巻 五藏流注傍通には『千金方』の最初に示した表の部分を抜粋しているらしく、同様の記述がみえました。

この部分を『重校唐王先生外台秘要(じゅうこうとうおうとうせんせいげだいひよう)』では注釈をつけていて
謹按ずるに、銅人鍼經(*『銅人兪穴鍼灸図経』のこと)、甲乙經(*『鍼灸甲乙経』のこと)、九墟經(*『霊枢』のこと)並びて五藏の過ぎる所無くして原穴を為す。
唯、千金・外台秘要集にこれ有り。今、列穴を左に名ずく。
中郄(即ち中都)・内關・公孫・列缺・水原(即ち水泉)。

とありました。この書は宋代の林億(りんおく)が校正したものみたいですが、これも原穴を紹介するに留めているみたいです。
これを見る限りでは、『千金方』と『外台秘要』が唯一陰経の原穴を挙げているようですね。

実は五代十国の時代に鍼灸は衰退してしまい、北宋より前と後では用語の使い方とかが違うものもあるみたいなんです。
その為、北宋の初期には良い鍼灸の書籍が無くなってしまい、経穴の位置すら各人で一致しないことが多かったために共通のテキストとして『銅人兪穴鍼灸図経』が編纂されたという経緯があります。

『千金方』を著したのは宋より前の時代である唐の孫思邈。もしかしたらその当時には存在していた書を抜粋して書いている可能性はあります。「源」という字を使う流派があったのでしょう。

何故絡穴や郄穴が原穴と成りえるのかは分かりませんでしたが、古代における鍼灸の流派によるものかもしれないですね。
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kouitsu

Author:kouitsu
新米鍼灸師です。
元々違う分野を勉強していましたが、ある時身体の調子をくずしてしまい、その過程で東洋医学に興味を持ちました。

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