スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『黄帝内経』について

それでは、古典の中でも特に重要な『黄帝内経(こうていだいけい)』について書いていこうと思います。

『黄帝内経』は2つの書から成り立っています。
1つは『素問(そもん)』、もうひとつは『霊枢(れいすう)』です。

『素問』は身体の生理的な働きが主として書かれているといわれますが、脈の診方、鍼の打ち方などもきちんとのっています。
『霊枢』は鍼の種類や打ち方、経絡の流注、脈の診方、病気に対してどこに鍼をすれば良いかなど、『霊枢』よりもより実践的な内容になっています。

この両書はそれぞれ一人のひとが書いたのではなく、複数の人がいろんな時代に書いたものを集めた物です。
古いものでは秦以前、新しいものでは六朝時代のものもあるみたいです。
『素問』を読んでいると矛盾みたいなものもあるんですが、それはこのようなバックグランドがあるから、ということを覚えておいてください。

さて、『素問』と『霊枢』はともに八十一篇あります。後に紹介する『難経(なんぎょう)』も八十一篇あります。
どうして八十一篇なのかといえば、当然この八十一という数字には意味があるからなんです。

掛け算において八十一になるものといえば、なんでしょうか。九×九ですよね。
中国でこの九という数字は特別な意味がありました。九は「極まる」という意味です。
ここから、医術を極めると言う意味が込められているんではないでしょうか。

極まった九をさらに九で掛けるのは、おそらく陰陽の交流。
九は奇数で陽、二は偶数で陰となるからです。
医術をよりいっそう極めるという意味も込められている気がします。


また、『素問』と『霊枢』の特徴としていえるのが「問答体」と呼ばれる論の展開の仕方。
現代のQ&A形式に似ているものです。
ある一人の人(主に黄帝)が疑問に思ったことをお師匠さん(主に岐伯)に尋ねて答えていってもらう。
さらに疑問があればさらに質問して答えてもらう。この質疑を繰り返しているのが『素問』と『霊枢』の内容なのです。


『素問』と『霊枢』は医学の経典とも言うべき存在ですが、実はそれぞれ途絶えてしまった時期があります。
『素問』に関しては、現代に残っている本は唐の王冰(おうひょう)が素問の『原文』に注釈つけいていったものを更に校正したものです
唐の王冰の時代において既に『素問』は一部が欠けてしまっている状態でした。
その欠けた部分を方々から集めてどうにか出したのが今の『素問』の源流です。
北宋時代には鍼灸が盛んになり、宋の政府もいろんな本の校正にあたるようになりました。
そのうちの一つが『素問』で、王冰の書いたものを中心としてなんとか残っていた他の本(「全元起本」『太素』)によって校正されたものが『重広補註黄帝内経素問』で、これが現在伝わっている一番古い本となります。

『霊枢』にいたっては、かなり早い段階で亡くなってしまったみたいです。
北宋の校正本のなかにもはいっていなかったようですし。
現在伝わっているものは、南宋の史(しすう)の家に残っていたものの流れを組むもののようです。

『黄帝内経』についてはこれぐらいですかね。
やはりいろんなことが書かれているので、『素問』と『霊枢』は一通りは読んでおいたほうが良いですよ。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

kouitsu

Author:kouitsu
新米鍼灸師です。
元々違う分野を勉強していましたが、ある時身体の調子をくずしてしまい、その過程で東洋医学に興味を持ちました。

はじめてこのブログへこられた方はこちらをお読みください。

カレンダー
プルダウン 降順 昇順 年別

09月 | 2017年10月 | 11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -


カテゴリ
FC2カウンター
FC2ランキング
メールフォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

人気ページ
日めくりカレンダー
検索BOX・タグ一覧
サイト内検索

全記事一覧,全タグ一覧へ

最近の記事+コメント
最新トラックバック
RSSリンクの表示
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。