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「病膏肓に入る」(やまいこうこうにいる)

お久しぶりです。
今回は『春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)』成公十年の「病膏肓に入る」の故事をみていきたいと思います。
新釈漢文体系より抜粋しています。

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晉侯夢みる。
大(たいれい)髪を被りて地に及び、膺(むね)を搏(う)ちて踊(おど)る。
曰く、余の孫を殺すは、不義なり。余、帝に請うことを得たり、と。
大門及び寝門壊(やぶ)りて入る。公懼(おそ)れて室に入る。又戸を壊(やぶ)る。
公覺む。

桑田の巫を召す。巫の言、夢の如し。
公曰く、如何、と。
曰く、新を食らわず、と。

公、疾病なり。醫を秦に求む。
秦伯、醫の緩をして之を為(おさ)めしむ。
未だ至らず。公、夢みる。
疾、二竪子(にじゅし)と為りて曰く、彼、良醫なり。懼(おそ)らくは我を傷らん。焉(いずく)にか之を逃れん、と。
其の一曰く、肓の上、膏の下に居らば、我を若何せん、と。

医至る。
曰く、疾は為(おさ)むべからず。
肓の上、膏の下に在り。之を攻むるも可ならず、之を達せんとするも及ばず、薬は至らず。為(おさ)むべからず。
公曰く、良医なり、と。厚く之が礼を為して之を歸す。

六月丙午。晉侯、麦を欲す。甸人(でんじん)をして麥(むぎ)を獻(けん)せしむ。饋人(きじん)之を為(おさ)む。
桑田の巫を召し、示して之を殺す。
将に食わんとす。張る。厠に如(ゆ)く。陥りて卒す。

小臣、晨(あした)に公を負いて以て天に登るを夢みる有り。日中に及びて、晋侯を負いて諸(これ)を厠より出だし、遂に以て殉と為す。
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書き下し文はこんな感じです。

どんなことが書かれているかというと、
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晋侯(景公)が夢を見た。
幽霊が髪を乱して地を引きずって、胸をたたいて踊っている。
「私の子孫(超同、超括)を殺したのは不義である。だから天帝に願い出たのだ。」と言う。
そして幽霊は表門と寝門を壊して入ってきた。
景公は恐れて居間に逃げ込む。だが、その扉も壊された。
そこで夢から目覚めた。

晋侯は桑田に住んでいる巫(みこ)を呼んだ。
晋侯が話す前に巫は夢と同じことを話した。
晋侯は「どうなるのだろうか。」と尋ねた。
巫は「新麦は食べることができません。」と答えた。

いよいよ晋侯の病が重くなった。
秦伯は医者の緩によって晋侯の病を治そうとしたが、彼が到着する前に晋侯がまた夢をみた。
病が二人の子供となってしゃっべている。
「彼は名者だろう。このままだと私たちを退治してしまう。どこに逃げたらよいだろうか。」
もう一人が答える。
「肓の上や膏の下に隠れたら、彼でもどうすることもできないさ。」

医者の緩が到着した。
緩が診るには、
「私では病気を治せません。病気は既に肓の上、膏の下にあります。灸をしても届かず、鍼をしても届かず、薬も効きません。治療する手だてがありません。」
晋侯は「彼は名医である。」と言って手厚く礼をしたあと帰らせた。

六月の丙午の日、晋侯が新麦を欲しがった。そこで甸人(でんじん)を通して麦を献上させ、その麦を料理係が料理して差し出す。
晋侯は桑田に住む巫を呼びだし、新麦を見せて予言が外れたことを責め、その巫を殺した。
そして今から食べようとしたところで腹が張ってきた。そこでトイレに行ったら、そのまま中に落ちて死んでしまった。

小役人の中に、”明日公を背負って天に登る”という夢を見たものがいた。
日中になって亡くなった晋侯を背負ってトイレから出したところ、すぐに殉死させられた。

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これでも分かりにくいので、かいつまんで説明すると、
景公は超同・超括を殺したことでその先祖の怒りを買い、その呪いで病気になりました。
巫(みこ)からは新麦を食べることなく亡くなるだろうと予言され、医者の緩からも治すことはできないと言われました。
しかし新麦を食べることができそうだったので、予言した巫(みこ)をみせしめに殺した。
さて食べようとしたところ、急にトイレに行きたくなってトイレに向かったが、ついに新麦を食べることなくそのままトイレに落ちて死んでしまった。景公をトイレからかつぎだした小役人も殉死ささられた。
という話です。

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鍼灸に関するのは医者の緩が診断する所ですね。
「病が膏肓にはいっているから治療できない。」ときっぱり自分が治療できるかできないかの見極めがついているというのが名医である証でしょうか。見極めは大事だとおもいます。

そして膏肓ですが、現在の膀胱経にある膏肓穴とは違うようです。
おそらく『霊枢』九鍼十二原篇 第一に載っている膏と肓のことだと思います。
ここでは原穴について言及されていますが、現在の十二原穴とは様相が違います。
肝・心・脾・肺・腎の原穴が左右二穴ずつ、膏(『太素』では鬲)の原と肓の原が一穴ずつで計十二となっています。
詳細はこちらをご覧ください。

この膏と肓がどこを指すのか気になりますが、
新釈漢文体系によると、
膏の上…横隔膜の上
肓の下…心臓の下
となっています。
また、左合昌美先生の「よくわかる黄帝内経の基本としくみ」によれば、
【「鬲」は横隔膜だろうといわれています。「肓」は諸説紛々です。】(P138)
ということらしいので、きちんとした場所はまだ分かっていないようです。


この「病膏肓に入る」の故事からは、病気の治し易い(順)と治しにくい(逆)を見極めることが大事ということを教えてくれていると僕は感じています。

一緒に殉死させられた子役人は幸せだったのかそうでなかったのか…。
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プロフィール

kouitsu

Author:kouitsu
新米鍼灸師です。
元々違う分野を勉強していましたが、ある時身体の調子をくずしてしまい、その過程で東洋医学に興味を持ちました。

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