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『難經本義諺解』 難經彙考その4 『難経』の理義について

難經彙考の続きです。
今回は 『難経』の理義についてです。

(経)八十一篇、(ことば)甚だ簡なるが若し。然れども、榮衛、度數、尺寸、位置、陰陽、王相、藏府、内外、脉法、病能、夫の(経)絡流注、鍼刺、兪穴と(か)(つく)さざると云うこと莫し。昔人、十三類を以て之を(す)ぶる者有り。於乎(ああ)、此の(経)の義、大として(か)ねざると云うこと無し、細として(挙)げざると云うこと無し。十三類、果して以て之を(つく)すに足らんや。八十一篇、果して十三類に出でざらんや。(学)者、之を篇章の間に求むる時は、則ち其の義を自ら見われん。

此の書、固に類例有り。(ただ)(まさ)大學(だいがく)、朱子、章を分かつが如くにして、以て記者の意を見る時は則ち可なるべし。當に(おの)れが之を類を立るを以て、(経)の篇章を(の)ぶべからざるなり。今(み)るに、一の難より二十一の難に至りては、皆な(脈)を言う。二十二の難より二十九の難に至りては、(経)絡の流注、始終、長短の度(数)竒經(奇経)の行り、及び病の吉凶を論ず。其の間に(みゃく)と云うもの者有れども尺寸の(脉)を謂うに非ず。乃ち經隧(けいずい)の脉なり。三十の難より四十三の難に至りては、榮衛、三焦、藏府、腸胃の(つまび)らかを言う。四十四、五の難には、七衝門は乃ち人身(と)りて生ずるの用、八(会)は熱病、内に在るの(気)穴を(た)ることを言う。四十六、七の難には、老幼、寐寤(びご)を言いて、以て(気)血の盛衰を明す。人の面にて寒に耐うることを言いて、以て陰陽の走(会)を見す。四十八の難より六十一の難に至りては、診候、病能、藏府、積聚、泄利、傷寒、雜病の別を言いて、(しこう)して之に(継)ぐに、望、聞、問、切を以て(医)の能事を(お)わんぬ。六十二の難より八十一の難に至りては、藏府の榮兪、用針、補瀉の法を言う。又た全(躰)(学)、無きべからざる所の者、此の記者の類を以て相い(従)いて、始終の意備われり。



ここでの内容は、
『難経』八十一篇は言葉が非常に簡略であるといっても、一難では営衛の義、二十三難では経脈長短の度数の義、二難では尺寸の義、十八難では三部の三陰三陽の位を立て置くこと、四難では脈の陰陽、七難では四時の王脈、十五難では四時相応の脈、九難では藏府の病を分ける脈、十六難では五藏の病症を得て、その内症、外症を候うこと、一難から二十一難までは脈法、四十九難では病態、二十六、七難では経絡の流注、六十九難より以下の諸篇では鍼刺、六十二難より以下の諸篇では兪穴というように、医家の要道はことごとく備わっていて足りないところはない。『難経』は医の要道は大小を残さず書きつくされているので、其の部類は非常に多い。そこで楊玄操は十三に分類した。この『難経』に述べられている医道の理義、大義はかね備えていないことはなく、細義として挙げ記していないことはなく、巨細を残さずに書きつくしているので、楊玄操のように十三類に分類することは、はたして『難経』の理義の類を表せているのだろうか。『難経』の理義を考え求める場合は、十三類などに分けずに、ただ毎篇毎章の間に義類を求め考えれば、おのずと『難経』の真実の義例が見えてくるものなのだ。

とは言うものの理義の類例がないわけではない。類例を求めるならば、『大学』や『朱子』を参考にすると良い。なぜなら、『大学』、『朱子』の章は、本文を損なわない、昔から存在している文章の上にあり、右は何の章とそれぞれ分けているからである。『難経』もまた昔から存在している正文のまま篇の間に類例を求めるならば、自然と作者の本意を得ることができるだろう。妄りに自分の憶測によって類例を立て分け、『難経』八十一篇の諸章をまとめてはいけない。
今、『難経』の越人による類例の意味をみると、
一難より二十一難までは、諸脈法の種類を言う。
二十二難から二十九難までは、経絡流注の血気がどこから流れ始まりどこに注ぎ終わるかの義、手足の諸経がそれぞれ何尺何寸あるのかという長短の尺度寸数、奇経八脈が流行するところ、病の生死逆順を言う。
この二十二難から二十九難まので間に「脈」と言っているところがあるが、全て尺寸の動脈ではなく、経脈の「脈」を言っている言葉である。
三十難から四十三の難までは、榮氣と営気、三焦、藏府、腸胃の詳細を言う。
四十四難と四十五難では、七衝門と八会穴を言う。
四十六難、四十七難では、気血の盛衰と陰陽の走り集うところを言う。
四十八男から六十一難までは、三虚三実の診候、諸病形の診候、藏府の病の診候、五積六聚の診候、五泄の診候、傷寒の診候、雑病の診候の別を言う。
これらの診候の間に、望聞問切がある。
六十二難から八十一難までは、藏府の要穴、鍼を用いて子母、迎隨、深浅などの諸補寫の法式を言う。
また、六十一難までに医家の能事を書き尽くしているといっても、六十二難より以下に用鍼の道を述べるときや、医道の全体の道を学んで行わないといけない人は、六十二難より以下の用鍼、補寫の道も学ばないといけないものである。
以上の類例は『難経』を記した越人の本意の類例である。此の記者の類例に従がって見る時は、『難経』八十一篇終始の本意を残さず、ことごとく備えつくしたものである。

こんな感じです。
まず滑伯仁は楊玄操の十三分類について異議を唱え、越人の主旨から理義を分けて説明しています。
こうしてみると、やはり『難経』は様々な鍼のやり方について書かれていることが分かります。

次は、五蔵についてです。
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Author:kouitsu
新米鍼灸師です。
元々違う分野を勉強していましたが、ある時身体の調子をくずしてしまい、その過程で東洋医学に興味を持ちました。

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