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背部兪穴について

今回は背部兪穴です。

背部兪穴は『霊枢』背輸篇 第五十一に記述があります。

黄帝が岐伯に問いて曰く、願わくは五藏の腧の背に出でる者を聞かん。
岐伯曰わく、
胸中大腧は杼骨の端に在り。
肺腧は三焦の間に在り。
心腧は五焦の間に在り。
膈腧は七焦の間に在り。
肝腧は九焦の間に在り。
脾腧は十一焦の間に在り。
腎腧は十四焦の閒に在り。
皆な脊を挟みて相い去ること三寸所。
則ち得て之れを験べんと欲すれば、其の処を按じて応えの中に在れば痛み解く。
乃ち其の腧なり。
之れに灸するは則ち可し。之れに刺すは則ち可からず。
気盛んなれば則ち之れを寫し、虚なれば則ち之れを補う。

ここでは五蔵の背部兪穴の外に、胸中大兪と膈兪の二つが載っています。「焦」とは「椎」のことです。
膈兪は今でもありますが、胸中大兪とは聞きなれません。
『太素』の註には、

杼骨は一名に大杼。五藏六府の輸の上に在り。故に是れ胸の膻中、気の大輸なる者なり。

とあり、どうやら胸中大兪は大杼のことのようです。
恐らくですが、この篇は五蔵の兪穴を記しているのではなく、単に背中の治療ポイントを記しているに過ぎないのではないでしょうか。
でないと胸中大兪と膈兪は紛れ込んでこないと思います。肝兪より上は肺先があるので、刺法ではなく灸法を推奨しているのでしょう。

背輸篇ではこの七穴を兪穴としいます。
五蔵の兪穴には触れられていますが、六府については触れられていません。
胸中大兪は現在では腧穴とすることはありません。ですが、大杼は衝脈の上の兪、熱病五十九輸、五乱の気が頭にあるときの治療穴、刺節真邪論の徹衣の治療穴、八会穴の骨会というように、『素問』『霊枢』ではあちこちにでてきます。古代ではかなり重要な穴であることが窺えるので、ここに含まれていてもおかしくはありません。
膈兪も「膏」や「肓」に関係があっておかれてるのでしょう。

『難経』六十七難には、

五蔵の募は皆な陰に在り、兪は陽に在るとは何の謂いぞや。
然るなり、陰病は陽に行り、陽病は陰に行る。
故に募は陰に在り、兪は陽に在らしめる。

とあります。
具体的な経穴についての記述はありませんが、兪穴と募穴の使い方について書かれています。

『脈経』巻三には、『霊枢』背腧篇よりも更に詳しく書かれています。
肝胆部 第一

肝兪は背の第九椎に在り。
胆兪は背の第十椎に在り。

心小腸部 第二

心兪は背の第五椎に在り。
小腸兪は背の第十八椎に在り。

脾胃部 第三

脾兪は背の第十一椎に在り。
胃兪は背の第十二椎に在り。

肺大腸部 第四

肺兪は背の第三椎[或いは第五椎なり。]に在り。
大腸兪は背の第十六椎に在り。

腎膀胱部 第五

腎兪は背の第十四椎に在り。
膀胱兪は背の第十九椎に在り。

このように、『脈経』では心主と三焦以外の背部兪穴について書かれています。
『脈経』巻之六には心主以外の十二経脈の病症について書かれています。その中に灸の治療穴として兪募穴が挙げられていますが、それはあくまで陰経のみであり、陽経では他の治療穴が書かれているようです。

『鍼灸甲乙経』背自第一椎両傍挟脊各一寸五分下至節凡四十二穴 第八には、

肺兪は第三椎下両傍の各々一寸五分に在り。
心兪は第五椎下両傍の各々一寸五分に在り。
膈兪は第七椎下両傍の各々一寸五分に在り。
肝兪は第九椎下両傍の各々一寸五分に在り。
胆兪は第十椎下両傍の各々一寸五分に在り。
脾兪は第十一椎下両傍の各々一寸五分に在り。
胃兪は第十二椎下両傍の各々一寸五分に在り。
三焦兪は第十三椎下両傍の各々一寸五分に在り。
腎兪は第十四椎下両傍の各々一寸五分に在り。
大腸兪は第十六椎下両傍の各々一寸五分に在り。
小腸兪は第十八椎下両傍の各々一寸五分に在り。
膀胱兪は第十九椎下両傍の各々一寸五分に在り。

とあり、厥陰兪以外の兪穴がそろいます。

では残った厥陰兪はいつから言われだしたかというと、桑原陽二氏によると『千金翼方』が出所のようです。
『千金翼方』鍼灸中 肺病第七 治奔豚上気法

第四椎は名づけて厥兪と曰う。胸膈中気を主る。灸は年に随えて壮す。

また、『銅人兪穴鍼灸図経』の記述をみると、

厥陰兪。二穴。第四椎下の両傍を相い去ること各々一寸五分に在り。
逆気嘔吐、心痛、留結、胸中煩悶を治す。鍼入三分、灸は七七壮すべし。『山眺経』に出づ。

として、『山眺経』なる文献が出所としています。
この『山眺経』と『千金翼方』のどちらが古いかは分かりませんが、少なくとも唐代には厥陰兪が見つけられていたということでしょう。
ただし、『千金翼方』の鍼灸上 三陰三陽流注法では、

心主手厥陰 中衝 労宮 大陵 内関 間使 曲沢 募、巨闕 兪、五椎
心手少陰  少衝 少府 神門 通里 霊道 少海

としているので、少なくとも孫思邈(そんしばく)は厥兪を以て心主経の兪穴とはしていないようです。
やはり心主(心包)はできた経緯が特別なものと考えてもよさそうです。

おまけとして、残りの~兪となっている経穴についても調べてみました。
それぞれの出典は、

腰兪:『素問』繆刺論篇 第六十三
中膂兪:『霊枢』刺節真邪篇 第七十五

臑兪:『鍼灸甲乙経』
肓兪:『鍼灸甲乙経』
肩外兪:『鍼灸甲乙経』
肩中兪:『鍼灸甲乙経』
白環兪:『鍼灸甲乙経』

気海兪:『太平聖恵方』
関元兪:『太平聖恵方』

のようです。腰兪、中膂兪は、こういう時はここが使えるよ、ぐらいにしか紹介されていないので詳しいことは分かりません。
中膂内兪は、徹衣の刺法の一つに数えられていて、

岐伯曰く、之れを其の天府、大杼に取りて三痏(い)す。又(ま)た、中膂に刺すを以て其の熱を去り、足手の太陰を補うを以て其の汗を去る。

とあり、大杼と組み合わせて使われることもあるようです。

後代の註釈ではいろいろと役割があるとしているようなので、これらについては改めて書こうと思います。
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新米鍼灸師です。
元々違う分野を勉強していましたが、ある時身体の調子をくずしてしまい、その過程で東洋医学に興味を持ちました。

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